雑記

桜とこいのぼり

 年々、我が家の桜は貧相になっていく。桜が散ってからの十一ヶ月は枝に止まったカラスやハトが糞をするわ、葉っぱがご近所に散らばるわ、気色悪い虫が付くわ等々周囲が困惑するばかり。みのる君が桜なんか切ってしまえと不平を云うものだから、カミサンも多少は気を遣って植木屋さんにお願いして枝を落として貰っている。周囲への配慮もあって、体裁はお構いなしで落として貰った結果、益々我が家の桜は情けない姿になってしまう。今年の桜はすっかり貧相になってしまった。やむを得ないだろう。

Wagasakura

 少々淋しい桜の風情なので、ごく一部だけご披露。カミサンは形が悪いとブツブツ云いながらも、みのる君を誘って、お茶を一服点ててお花見と洒落込んだ。確かに見栄えが悪いが、やむを得ないだろう。

 あっちこっち車を走らせていたら、なかなか見応えのある桜並木に出くわした。早々と鯉のぼりが泳いでいる景色にもでくわした。いよいよ春本番か。

Sakura
Koinobori

| | コメント (0)

久々の再会

 みのる君の学生時代の仲間、チャコちゃんのご自宅を初めて訪問した。勿論、カミサンもご一緒。

 実は、書道家であるチャコちゃんのご母堂がカミサンに書を書いて下さり、掛け軸にして下さった。温かいご厚意。チャコちゃんが8月に個展を開催した折に書のお話を伺っていたが、なかなか双方のご都合が合わず、ようやく最近になってお邪魔できる機会が訪れた。チャコちゃんは今年も二科展に作品を発表されたが、生憎、みのる君達は娘の披露宴で慌ただしい時期だったので、観に行く余裕がなかった。カミサンはお茶の行事も立て込んでいた。最近になって何とかお互いの時間が調整できたので、みのる君達は富士市の彼女のご自宅へ赴くことができた。

 富士市内のホテルに一泊。チャコちゃんは仕事が忙しいので夜まではお付き合いできないと云う。せめてお昼はご一緒させて頂くわ。彼女のご実家でご母堂から掛け軸を頂いた後、彼女の運転、案内で富士山裾野の古民家風のお店、いかにもカミサン好みのお店で美味しい食事を味わった。みのる君はまだホテルまで車での移動があるからアルコールは口にできない。彼女と呑む機会が訪れないのが無念なり。

 彼女のご自宅に戻ってからしばしは談笑。部屋には彼女の作品が溢れていた。二科展に出品した作品も拝見。どれも精緻なタッチ。1、2日ではモノにならないと思う。よく絵を描く時間が取れるね。みのる君は感心しきりだった。チャコちゃんのご活躍には頭が下がる。

 下は二科展には出品しなかったが、彼女お気に入りの作品。傑作、労作だ。Chaco_chan

| | コメント (0)

緊張の大役

 昨年末に籍を入れた娘が漸く関係各位にお披露目と相成った。そのお披露目には花嫁の父であるみのる君にとっていたって緊張の一幕があった。近頃は業者主導のセレモニーに依存しているのか倅の時と同じような一連の流れに身を任せていれば式は進み披露宴が盛り上がる。仲人もいない。この一連の流れの一つに父親には花嫁を伴って厳かに歩まなければならない重要な儀式がある。娘を婿殿に託すまでの束の間の儀式ながらみのる君にはエラく長く感じられる一瞬間だった。元来儀式やら型通りやらが苦手なみのる君には大層な苦行だったが娘の一大事だから無下には出来ない。真面目な父親然として振舞ったが腹が出た父親は絵にはならなかっただろう。周囲から冷やかされた娘は半分笑いながら歩む。お披露目の最後に娘から両親のこれまで育ててくれた恩に感謝の意が表されたがみのる君はしっかりと唇を閉じて天井の照明を眺めていた。緊張はみのる君の性には合わない。とにかくも父親の役目は終わった。カミサンもようやく肩の荷が下りただろう。彼岸にはみのる君の両親の眠る墓に参って親の役割終了を報告。いよいよ婦唱夫随の生活が本格化する。

| | コメント (0)

ついでにご披露

 ずっと以前に描いた東海道五十三次の色鉛筆画を引っ張り出した際、すっかり忘れていたみのる君の自信作も見付かった。忘却の彼方にあったみのる君の絵心だ。こんなイラストも描いていたっけ。映画少年だった頃のみのる君の自慢作。厚顔にもご披露の次第。なお、一枚はみのる君の友人だ。

Tangesazen_3Aran_dTomo

| | コメント (0)

東海道五十三次

 東京の博物館を巡って帰宅したカミサンが、珍しくみのる君にお土産を買ってきた。広重の東海道五十三次をあしらったクリアケースだ。あなた好みがあったから、買ってきたの。使って頂戴ね。有り難いお言葉だが、資料入れにはA4版が便利なのに、文庫本サイズのクリアケースじゃ、あまり利用価値は無い。折角のご厚意だから素直に受け取らなければならない。お店のレシート入れにでも使えるだろう。

 このクリアケースは、東海道五十三次の「蒲原」と「庄野」が描かれていた。これを見たみのる君は、いきなり遠い昔を思い出した。

 そう云えば、今からン十年も前、みのる君が学生生活を送っていた頃、暇に任せて色鉛筆で東海道五十三次を描いていたっけ。学業の傍ら、星空を眺めては流星群を楽しんだり、人工衛星を追っかけたり、喫茶店に入り浸っては友人の東海二君と芭蕉談義に明け暮れていたり、新宿西口の安い飲み屋で仲間達と気勢を上げていたりしていた時分。色鉛筆で「日本橋」や「蒲原」、「庄野」、「鞠子」を描いて自慢していた。「鞠子」には芭蕉の句を欄外に書き添えていたっけ。懐かしい思い出。

 早速、書棚を引っくり返して件の絵を探し出した。少々日焼けしていたものの、4枚の自信作が出てきた。久し振りに我が作品を眺める。上出来じゃないか。みのる君の絵心も捨てたものじゃない。カミサンは、きっとこの絵を見ていたから、同じ宿場のクリアケースを買ってきてくれたのだろう。なかなかのご厚意だ。感謝しなければならない。以下は、みのる君ご自慢の作品。大したものじゃないが、ご本人は至って自慢である。

Kanbara

Syouno

Mariko

| | コメント (0)

子供達に感謝

 過日、倅が主導してみのる君を労う会を催してくれた。久し振りに一家全員が一堂に会しての慰労会。山間の温泉旅館に倅夫婦と孫娘、娘夫婦が揃って、みのる君の長年のご苦労と陰で支えたみのる君のカミサンを労わる。有り難い事だ。温泉旅館を予約する際は、みのる君の顔が利く宿を指定したので、女将から格別のご高配に与った。夕食と朝食では特別室が用意されており、みのる君好みのお酒を振舞ってくれた。お蔭でたっぷりと呑んだ。感謝あるのみ。各自、夕食までのひと時はそれぞれが温泉にゆったりと浸かり、孫娘は足湯にはしゃぎ、夕食時は部屋中を賑やかに飛び回って大人たちから拍手喝さいを浴びていた。なかなか普段では味わえない非日常の時間を満喫した孫娘は部屋に戻るやすぐに寝入ってしまったようだ。すっかり大人になった子供達には大変世話になってしまった。感謝あるのみ。今は第一線を退いたみのる君が苦労の甲斐もあったかしら。

 カミサンも大満足していたようで、次の週は日帰り温泉に行きたいと云って、みのる君を連れ出して東山魁夷も泊まって絵を描いたと云う温泉宿まで出掛け、たっぷりと温泉を楽しんだ。そして、先週末は山梨の温泉宿で催された茶会にも出向く有様。参院選の期日前投票で一票を投じての温泉旅行、お茶の仲間達と温泉を楽しんで来た。カミサンは相変わらずマイペースだった。

 参院選は与党圧勝に終わった。いよいよ不自由な時代到来を予感させる。戦後体制が崩れて戦前に逆戻りしそうな雲行き。あぶない、あぶない。

| | コメント (0)

日光金谷ホテルに一泊

 カミサンが殊勝にもみのる君の誕生日のお祝いに日光金谷ホテルに一泊しましょう、勿論、私が費用を出すわ、と提案してくれた。今年は新婚旅行の追想で軽井沢の万平ホテルに泊まったり、カミサンの誕生日には新婚当初同様に帝国ホテルに一泊している。少々みのる君の懐具合が怪しくなってきた時分だったので異論はない。即座に提案採用となった。カミサンはクラシックホテルに興味があるようだ。独身時代は奈良ホテルで優雅なひと時を過ごしており、奈良方面にドライブした折、みのる君も一度は宿泊している。カミサンは前々から日光金谷ホテルに関心があったようだ。

 第一線から離れ、清貧の日々を覚悟する身には聊かお高いホテル代だが、カミサンが太鼓判を押すものだから、この際、甘えよう。早速、過日、日光まで車を走らせた。

 ホテルの駐車場に車を預け、久し振りに東照宮を参拝した。平日なのに、結構、大勢の観光客がうろついている。外国人も目に付く。さすがに世界遺産。驚いたのは、年寄りが多いこと。平日の観光地は老人ばかりなのか。ちょっとショックだった。みのる君も同類に見られたのだろうか。ご本人は若輩者のつもりだが、世間様は冷淡、冷静に見ているのだろうな。ガッカリでもあった。

 夜はフレンチのコース料理を頂く。アルコールは冷酒。カミサンの顔色を窺いながらお代わりを頂く。カミサンは、どうぞ、どうぞと勧めてくれる。今回ばかりは太っ腹のご様子だった。先日は自宅で茶会を催し、わざわざ島根は松江風流堂の古代山川を取り寄せる程の熱の入れ方で、その他諸々大分費用も掛かっているはずだが、後は野となれ山となれの心構えか。後が怖い。

 翌朝、朝食前にホテルの敷地を散策。かの神橋が掛かる大谷川の川辺まで下りてみた。神橋を下から眺められる。これまで幾度となく上の道路を車で通っているが、下からのアングルは初めて。ついつい写真を撮ってしまった。

Nk01

 チェックアウト後はカミサンの要望に従い、中禅寺湖畔にあるイタリア大使館別荘記念公園を訪ねた。駐車場から15分程歩く。みのる君好みではなかったが、奢ってもらった手前、いやとは云えない。前日の東照宮参拝では上り下りに閉口していたが、まさか、再び歩かされるとは思わなかった。

 イタリア大使館別荘は著名な建築家の設計の由。昭和3年に建てられ、平成9年までは歴代の大使が使っていた由。杉皮張りの外壁は趣がある。カミサンのうんちくにも驚く。ここもお年寄りの団体様が我が物顔で闊歩していた。

| | コメント (0)

帝国ホテルに一泊

 今年は結婚ン十年記念に新婚旅行で訪ねた地を巡るドライブを敢行したが、仕上げは帝国ホテルに一泊だ。新婚時代、カミサンの誕生日に帝国ホテルで優雅なひとときを送ったが、今年のカミサンの誕生日は当時と同様、帝国ホテルに泊まろう。この時も仕事を休んで、結婚ン十年記念の仕上げを実行した。

 久し振りに新幹線に乗った。カミサンは月に一度はお茶の稽古やらで上京しているから慣れたもので、みのる君は大人しく後に従うだけだった。

 ホテルは24階の部屋だった。眼下には山手線と有楽町駅。新幹線も時折やって来る。遠くを望めば建物の間にスカイツリーが見える。羽田方面に向かうのだろうか、旅客機が頻繁に高層ビルの向こうに現れる。さすが東京。しばし表の景色に見とれてしまった。電車の音がひっきりなしに聞こえる。ちょっと賑やかだ。

 夕食は銀座に繰り出し、お手頃そうな和食の店に入る。ここでカミサンの誕生日に乾杯。恐る恐る店の人に、ここは煙草を吸えますかと聞くと、控え目にどうぞ、と灰皿を持ってきてくれた。ホテルの部屋は禁煙だし、辺り一帯歩行禁煙の都会、みのる君は数時間振りに一服の清涼を味わった。都会は不便な場所だ。

 翌朝はカミサンの希望を叶えて、皇居一周の散歩。ランナーが多くて聊か閉口してしまった。何もこんな場所で走らなくても良いだろうに。ひっきりなしにランナーが脇をすり抜けていく。日本語以外も随分と飛び交っていた。散策途中、外人さんが寄ってきて、みのる君のカメラを指さして、何やら話しかけてきた。夫婦のツーショットを撮ってやりましょう、と云っているらしい。みのる君は片言英語のお礼を云って記念撮影してもらった。サンキュー。英語で会話するなんて、ずっと以前に訪ねたハワイ以来かな。一応、通じたみたい。外人さんはニコニコ笑いながら去っていった。

Kesityou

 散歩の途中で有名な建物を撮影。相棒は笑っていた。

| | コメント (0)

結婚記念日に一泊

 ン十年前に結婚式を挙げたみのる君ご夫妻は、その結婚式と同じ日に同じホテルに一泊した。前々からの大胆な企画だったが、ようやく実現した。

 何年か前から、結婚した月は新婚旅行の初日に泊まった軽井沢の万平ホテルを訪ねてはコーヒーを楽しんでいたが、たまには一泊も宜しい、どうせ泊まるならば結婚した日なんか面白いのではないか、同じ日に同じホテルに泊まるなんて発想は、なかなかすてきだろう、みのる君が水を向けると、カミサンは即座に賛意を表明する。是非、行きましょう。どうせなら、翌日は新婚旅行の2日目に泊まった金沢にも泊まりましょう。カミサンは更に大胆な提案を持ち出した。ン十年記念の新婚旅行再現ドライブ。みのる君もすっかり乗り気になる。ついでに、当時道に迷ってみのる君の面目を潰した思い出の地、九頭竜湖再訪も企画しよう。

 あの当時はナビも無い時代、一冊の全国版道路地図を頼りに福井から美濃へ抜ける際に曲がり角を間違えてしまったらしい、気付かず走っていたら道はどんどん狭くなる。新婚ホヤホヤのみのる君はミスを白状するようなやわでは無い、ひたすら曲がりくねった隘路を突き進んで、やっとの思いで広い道に出た時は、さすがに安堵したが、あの因縁のダム湖にも行ってみよう。

 結婚式を挙げた同じ日に同じホテルに泊まるために2日間の休暇を取って、いざ、万平ホテルへ向かった。仕事の兼ね合いもあるから、全ての行程を辿る訳にはいかなかったのは少々心残りだった。

 万平ホテルでは、正面玄関の真上のアルプス館2階に宿泊。ちょっと贅沢だったか。普段、みのる君ご夫妻が利用するホテルの数倍のお値段だ。その晩はカミサンも酒を呑む。案外、食が進むわ。カミサンはニコニコしながら懐石料理を味わっていた。

 翌日は金沢のホテルに一泊したが、若干、居心地に差を感じてしまった。ン十年前にも泊まっているはずだが、あの頃は居心地なんて気にも留めなかった。年季の入った年寄りは細かいことに気が回るものだ。でも、みのる君ご夫妻は十分にドライブを満喫した次第。

| | コメント (0)

まさかの道路交通法違反

 自動車免許取得から15000日を超えた10月の或る日。道の駅のスタンプ集めに精を出していた日の神奈川県下の田舎道。前方に一台の赤い派手な車が走っており、何気なく後ろに付いて走っていた所、前の車が突然に停止、警察官らしいのが脇道に入るよう指示している。何事かと思っていると、みのる君も同様に脇道へ誘導される。交通規制か何かかな、なんて、最初は全く違反には気付いていなかった。それが、まさかのスピード違反とは。山あいのトンネルの手前で引っ掛かり、出口で捕えられてしまった次第。制限速度を15㌔程超えている由。

 前回の違反から8600日以上無違反を誇っていたゴールド免許のみのる君も焼きが回ったか。ついに往生。ゴールド免許がフイになる。

 滅多に車が走りそうに無い田舎道でスピード違反取締りをやっているとは思っても見なかった。前を走っていた赤い車は地元ナンバーで取締りには敏感な世代が運転しているかと思っていたが、思い込みはアカン。ルールは守らなければいけない。

 自動車免許取得から今日まで、自分の車ではおよそ35万㌔を運転している。それと、仕事で走り回った距離は60万㌔に及ぶ。合わせて95万㌔を自ら運転してきて、道路交通法違反は免許取得から6400日の間に5回のみ。以後、15000日までの8600日間、一度も違反していない。今回を入れて違反はわずか6回(内、1回は右折の仕方が悪いと云って捕まり、1回は渋滞中の東京環八で車線変更した所を見付かってしまい(車線変更禁止区間)、サイレンを鳴らされて停車させられた)のみ。交通事故は皆無と云って良い(暫く前に対向車線を逆走した車にぶつけられたのが唯一大きな事故。但し、双方怪我は無し)。安全運転を旨とするみのる君だからこそ成し得た記録だったが、過信だね、今後は更に一層、身の安全運転を心掛けよう。

 この前、富士市から奈良まで東名経由で気持ち良く走ったが、立派なもので、概ね制限速度を維持。時には優雅に車線変更してちょっと遅い車を追い越していたけれど、決してルールは違反していない。相手が遅いだけだ。神奈川県で違反して以来、すでに3000㌔以上は走っているけれど、とにかく自分自身の身の安全運転を励行、優しいドライバーに徹している。お陰で車の燃費は随分と良くなったと妙なところで感心しているこの頃。これからも悔恨と発奮で歳を取っていくのだろうな。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧