44歳の芭蕉が「笈の小文」冒頭で、自身の半生を省みている。
かれ狂句を好むこと久し。終に生涯のはかりごととなす。ある時は倦て放擲せん事をおもひ、ある時はすゝむで人にかたむ事をほこり、是非胸中にたゝかうて、是が為に身安からず。しばらく身を立む事をねがへども、これが為にさへられ、暫ク学で愚を曉ン事(しばらく学んで愚をさとらんこと)をおもへども、是が為に破られ、つゐに無能無芸にして、只此一筋に繋る。 (岩波書店版日本古典文学大系「芭蕉文集」)
まず、俳諧(狂句と表現している)が好きで、生涯の仕事(はかりごと)にしたと述べている。けれど、色々と雑念も多いから、この決心は揺らいでしまう。
雑念の1は、「倦て放擲せん(うみてほうてきせん)」。句作に励んでもなかなか気に入った句が出来ない。スランプと云う奴だね。悩んでも悩んでもうまく吟じえない。スランプ状態だから堂々巡りみたいなものさ。そんな時は、「もう、やめた」と放り出してしまう。誰もが経験するスランプを芭蕉自身も味わったと告白している。
雑念の2、「すすんで人にかたむ事をほこり」。あの野郎の句が選ばれて俺の句が落選かよ。俺の方が上手なのに悔しい。などと歯軋りした経験もあって、いつかは俺が勝ってやると云う闘争心だ。他人を押しのけてでも勝ちにいきたい。結構俗っぽい告白。この雑念1、2の為に心中穏やかではない。勝ちたいけれど、スランプに陥って勝てない。闘争心が強い程、陥穽に落ちやすい。勝てば自慢、負けたら腹立たしい。そんな日々を送っていたのだろうな。
雑念の3、「身を立む事を願う」こと。つまり立身出世。仕官を考えたこともあると白状している。伊賀で青春時代を送った芭蕉は、藤堂良忠亡き後、やがて江戸に下ることになるが、この時期、立身出世話もあったのではないだろうか。夢と現実、どちらを選ぶか。平々凡々としたサラリーマンに甘んじるか、あくまで夢を追い続けるか。二者択一を迫る。結局、芭蕉は夢に賭けた。それは又、彼の夢を応援する人の存在が窺える。金持ちの支援者の存在。江戸行きを決心した背景にパトロン(云い方は悪いが)の存在が感じられる。「これが為にさへられ」の「さへられ」は「妨げられ」の意味。
雑念の4、「暫く学んで愚を」悟ること。学問に精進して自らの愚かさを悟ろうともした。高尚な決意だ。東西の古人に学び、あるいは仏道に修行して、真っ当な生き方をしよう。俗を捨てたい。ひたすら勉学に励み、世事に疎い人生を送ろう。雑念3ではサラリーマンとの二者択一、ここでは研究者か夢追い人かの選択に悩んだと告白している。
結局、俳諧を捨てられなかった。「無能無芸」と自身を卑下しながら(俳諧の社会的地位が窺える発言でもある)も、朴訥のわが道を肯定している。確かに、生活基盤が確保されれば自信につながるしね。「笈の小文」最初の句が、「旅人と我名よばれん初しぐれ」。自省を述べた後に、自信に満ちた句を提示している。どうだ、まいったか。売れっ子になった芭蕉が胸を張っている句だ。
わずか151文字の文章だけれど、含蓄のある151文字。芭蕉の心情吐露の151字。読み飛ばしてはいけない。じっくり味わべき文章だね。芭蕉の書いた「幻住庵記」にも同じような述懐が書かれている。
ひたぶるに閑寂をこのみ、山野に跡をかくさむとにもあらず。病身やゝ人にうみて、世をいとひし人に似たり。何ぞや、法をも修せず、俗をもつとめず、いと若き時よりよこざまにすける事侍りて、しばらく生涯のはかり事とさへなれば、終に此一筋につながれて、無能無才を恥るのみ。 (同上より引用)
文章中、「いと若き時よりよこざまにすける(とても若い時分から下手の横好き)」と云うくだりがある。19歳で良忠に仕えることになった芭蕉だが、「いと若き」が良忠に仕えてからを意味しているのか、それともそれ以前からなのか。もしかしたら、以前からの俳諧知識がモノを云って就職出来たのかも知れない。