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平均寿命から考察

 本日、カミサンと一緒になって過ごした日数と生まれてからカミサンと一緒になるまでの日数が同じになった。つまり、みのる君の人生の半分はカミサンとの生活。ほとんど波乱万丈も無く恙なく過ごせたのはみのる君の人徳にもよるが、過ぎてみれば呆気ない。独身時代は一人暮らしもあったし、幼児期の記憶も少ないから、親の小言を聞きながら親と同居していた時間は案外に少ない。大方、そんなものだろうが、親の有難みが薄れていくような淋しさがある。

 大昔は15歳前後で「元服」を迎え、大人の仲間入りをしていたと聞く。還暦を一つの目安として人生60年を考えると、15歳とは人生の四分の一を生きた時点だ。15歳を基準に考えると、人生最初の四分の一は生き方の基礎を学ぶ時代と云える。15歳以降45歳頃までの人生の二分の一は大人として活動する時代、残りの15年、四分の一は隠居として次世代に大人を譲っていく。一生を大雑把に区切ってみると、概ね一生の四分の一毎に節目があるようだ。そう考えると、昔の大学生はもっとしっかりしていた、今時の大学生は幼いと云った先輩諸兄の苦言が的を射ている。平均寿命が60歳であれば、その四分の一の15歳が大人の仲間入りだから、20歳の大学生は立派な成人に思える。平均寿命が80歳となると、大人の仲間入りは20歳と云う事になる。この20歳が昔で云えば15歳に当てはまる。どうみても大人にはなりきれていない。若者が幼児化していると云う議論の背景には、平均寿命が80歳をはるかに超えてしまっている事情があるのではないだろうか。平均寿命が90歳となると、大人の仲間入りの四分の一は22,5歳。20歳の大学生を益々幼いと感じてしまうのはこの平均寿命が関係しているからかも知れない。もしかしたら、選挙権を18歳に引き下げてしまったのは愚挙だったかも知れない。平安時代に生きた12、3歳が大人に意見するするようなものに思える。人間、そんなに長生きするものでは無い。さっさとおさらばするに限る。平均寿命を引き下げる努力も大事かもしれない。選挙権18歳はそんな意図があるかも知れない。

 この正月から、カミサンが新たな趣味にチャレンジしている。カミサンが知り合いの勧めでシャンソンを習い出した。子供の頃は合唱団に所属していたカミサンだから歌には少々自信を持っている。子育ての時分は時々高らかな美声を発して情操教育に励んだり、みのる君のギターやピアノの伴奏に合わせて歌声を披露していたが、子供達が自立しだした頃から、しばらくご自慢は鳴りを潜めていた。どう云う心境の変化だろうか。恒例の我が家での初釜が無事に終わるや、いそいそと出掛けて行った。帰宅すると、今日は「サントワマミー」と「パリの屋根の下」を勉強してきたのよ、なかなか声が出なかったけれど、久し振りに存分に声を出したわ、と喜んでいた。そして、初釜の準備やら何やらでお疲れのご様子、夕食後は居間で熟睡してしまった。

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