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我が家の大地震顛末

 東北地方太平洋沖地震が発生した時、みのる君は職場にいた。

 パソコン操作中。少し横揺れがあって、最近も同様の横揺れがあったものだから、今回も同じかな、なんて高を括っていたが、横揺れは収まらず、職場のみんなも少し不安顔になったところで、いきなり停電。直後に大きな揺れが起こって、女性陣の悲鳴も発生。机の書類等が散乱するような被害はなかったが、念の為、全員屋外へ退避。敷地に駐車してある車も同じように揺れている。こんな光景も珍しい。女性陣の一人はうずくまってしまう。

 日頃から避難訓練を行っていた所為か全員が適切に行動し、点呼まで訓練同様に行いお互いの無事を確認したが、しばらくは寒風の中を待機。電気は一向に復旧しない。ケータイであちこち連絡する姿も見られたが、すでにケータイは不通状態になっていた。

 外出先から戻って来た者から周辺の状況を聞くと、停電は職場周辺ばかりの様子。一方で、信号機が機能せず、道路は大混乱しているとの情報も入ってくる。どうも、いつもの地震とは様子が違うぞ。電気がなければ仕事にならない。家の事も心配だし。全員、仕事を打ち切って帰宅を促す。

 家に戻ってみると、部屋中、モノが散乱していた。棚から落ちたものだ。廊下には書物の山。天袋に押し込んでおいた文庫本が日頃の扱いを抗議しているかのように、廊下のいたる所で我が物顔だ。カミサンが大事にしていた大皿が一枚割れていた。

 が、被害はここまで。電気は点くし、ガスも使える。職場とは大違いだった。帰宅も、信号が機能していないと聞いた大通りを避けて少々遠回りした所為か、渋滞もなく、信号も問題なかった。家の北側にある信号機は動いていなかった。みのる君の住む住宅街とその周辺では、電気の供給元が違うらしい。電信柱一本の違いかな。何はともあれ、電気が使えてホッとした。職場周辺の停電は真夜中まで続いたようだ。

 家族も全員無事。カミサンは茶事で外出していたが、信号機の使えない混雑した道路をやっとの思いで帰って来たと云う。

 さて、家族は揃ったものの、余震がひっきりなしで、落ち着いて夕食も取れない。今日はアルコール禁止よ。風呂もやめましょう。万一建物崩壊の時に裸じゃ逃げられない。酔っ払いじゃ車も使えない。カミサンの強権発動には従うしかない。

 10分おき程度で余震が起こるので、おちおち眠れない。テレビの速報も気になる。結局、この日は不寝番となった。

 翌朝、余震は続いていたが、仕事中に切れてしまったコンピュータの事が気になって、職場へ出向いてみた。電気は復旧しており、コンピュータも正常に起動。まずは一安心だった。

 余震は今も続いている。未曾有の大地震。被災地は大変なご苦労かと思う。我が家は無事を喜んだが、この先どうなるかは分からない。家族揃って買出しに出掛け、一応、暫時をしのぐ手立てをした。

 甥が仙台で避難生活に入った由。カミサンの実家では停電で暖房も使えず、親戚の家に泊った由。

 近所の農家の人は、いつものように畑仕事をしていた時、キジの鳴き声が普段と違って異様だったと云う。訝っていたが、キジの大騒ぎが止んだ瞬間、地面が大きく揺れたと云う。その話を聞いたカミサンは、我が家でもキジを飼おう、なんて云い出す始末だった。

 遠方に住む友人等から電話を頂いた。関東地方も被害を蒙ったニュースに驚いて、念の為、無事を確認する電話だったが、有難い配慮に感謝するばかりだ。

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コメント

職場も自宅も大変でしたね。ご無事を祈っています。

コメントをありがとうございます。
計画停電の初日ですが、実施するのかしないのか、東電自体が混乱しているのでしょうか、曖昧のまま。はっきりして貰いたいものです。 (稲)

投稿: Bianca | 2011年3月14日 (月) 07時33分

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