今年のドライブ結果
今年は、京都訪問4回と云う愚挙をはじめ、青森は竜飛、下北半島を走り回り、、紀伊半島巡りやら水戸の偕楽園、岐阜の明治村、NHKドラマに触発されて埼玉は川越や新潟の天地人の舞台やら、実に多くの地を訪ねた。
調べてみると、走行距離は1万1千㌔を超えていた。何と云う消耗。新車を買ったからと云って、少々度が過ぎたかと思う。自嘲を踏まえて自重せねば。
しばらくは雪の季節。例年、冬眠の時期。雪解けまで、しばし休息だ。お金も尽きたことだし。大人しくしていようと思う。
今年は、京都訪問4回と云う愚挙をはじめ、青森は竜飛、下北半島を走り回り、、紀伊半島巡りやら水戸の偕楽園、岐阜の明治村、NHKドラマに触発されて埼玉は川越や新潟の天地人の舞台やら、実に多くの地を訪ねた。
調べてみると、走行距離は1万1千㌔を超えていた。何と云う消耗。新車を買ったからと云って、少々度が過ぎたかと思う。自嘲を踏まえて自重せねば。
しばらくは雪の季節。例年、冬眠の時期。雪解けまで、しばし休息だ。お金も尽きたことだし。大人しくしていようと思う。
実は、カミサンが宗旦忌に出席している間、時間を持て余したみのる君は兵庫まで車を走らせ、学生時代の同人仲間に再会していた。みのる君が結婚式に駆け付けてくれて以来だから、相当の年月が経つ。久し振りに友の顔を拝んだが、昔とちっとも変わっていなかった。遊び癖も同じ。相変わらずだね。
寺の住職となった友人だが、すっかり立派な坊主となっていた。
みのる君が独身時代、何度か彼の寺を訪ね、姫路城を案内して貰ったり、神戸でご馳走になったり、一度は正月早々彼や同人仲間と京都で呑み明かし、酔った勢いで100㌔以上も離れている彼の寺まで、皆がタクシーで押し掛けて、改めて呑み直した乱暴な思い出もあり、つくづく無礼極まりない振る舞いだったと我ながら呆れ返る始末。今回も、直前になって電話を掛け、友人の都合なんぞお構いなしでお邪魔した次第で、大黒さんには頭が上がらない。お昼までご馳走になり、お土産まで頂戴してしまい(大変美味かったです)、恥の上塗りをしてしまったかな。さすがにみのる君の図々しさも度が過ぎたようだ。とは云え、みのる君の結婚式に出席したことを忘れていた友人にも恐れ入った。失礼な奴め。
去る6月、カミサンと京都を訪問した際に叶わなかった国宝の「待庵」見学。今回はあらかじめ1ヶ月前に予約を入れておいたので、カミサンの念願が叶った。用意周到も大事だ。
少々早めに山崎に着いたので、予約時間までの半時、サントリーの蒸留所を見学。こちらも、前回見学出来なかった所。決められた見学コースを案内して貰うには時間が不足しており、やむなくショッピングコーナーで我慢する。
ショッピングコーナーでウィスキーの試飲が楽しめるが、運転手に付き呑めませんと云うステッカーを首からぶら下げて歩くみのる君には気の毒なコーナーだった。カミサンはニコニコしながら試飲に挑戦。一杯100円ばかりが目立つメニューから、よりによって一杯2300円以上も取られる年代物を注文しやがる。挙句に呑み切れず、近くで試飲を楽しんでいたお客に残りを譲ってしまう。勿体無い。大馬鹿者め。
予約時間ちょうどに妙喜庵到着。俳諧連歌の祖、山崎宗鑑が隠棲したと云われている妙喜庵だが、ここに国宝の待庵がある。すでに数名の女性陣が住職から待庵の由来を拝聴していた。
撮影禁止の念を押されて、じっくりと見学。とは云え、数分もあれば一巡出来る狭い敷地。でも、カミサンは熱心に隅々まで見ていた。利休作と云うことで、思い入れがあるのだろう。みのる君は手持ち無沙汰の呈だった。
カミサンが茶の師匠や同輩と宗旦忌に出席した晩、京都大学で教鞭を執るカミサンの友人が紹介した店で先生を囲む会を設けた。場所は、夜間のライトアップで有名な青蓮院の向かいにある豆富料理のお店。豆腐料理じゃ腹に貯まらんとみのる君はボヤいていたが、アルコールも用意すると云うので、ご相伴に預かった。勿論、今回はホテルに宿泊の段取り、車をホテルに預けての参加だから、気楽に呑める。
先生と同輩、カミサンとみのる君は同じホテルを予約(みのる君がネットでホテルを確保。又、ポイントが貯まる)、荷物を解き、普段着になってから、タクシーで料亭に乗り込んだ。すでに友人が待っており、昔の弟子に再会した先生も破顔。薹が立った女性4人に囲まれると、さすがのみのる君も大人しくなる。
散々積もる話とお茶談義に花が咲いた後、向かいの青蓮院へ足を運んだ。国宝の青不動明王のご開帳の由で、夜の8時を過ぎているのに沢山の観光客が溢れていた。境内はライトアップの異様な景色が広がっている。少々、度が過ぎないかい。うっかりカメラを忘れてしまい、この幻想的な光景を記録することは出来なかったみのる君が感想。ライトアップは演出者の主張がそのまま表現される。紅葉の鑑賞は素材が一番。演出の妙は余計な配慮じゃないか。そんな邪推が邪魔をするから、みのる君は邪になる。天邪鬼かしら。
鮮やかな紅葉には少し早すぎたようだった。青蓮院の近くに住むカミサンの友人は、去年の紅葉は凄かった、と皆に報告してくれた。先生は昼間の疲れも見せず、弟子達と屈託無くおしゃべりし、ライトアップを喜び、終始にこやかだった。先生を囲む会を企画したカミサンも、すっかりご満悦の呈だった。
去る5月に京都嵯峨にある「落柿舎」を訪ねたが、あいにく修理中で拝見出来ず残念だったが、カミサンが「宗旦忌」に出席することになり、送迎を頼まれたので、この際、修理の終わった落柿舎を拝見しようと云う段取り、例によって深夜のドライブを敢行して、念願を果たして来た。
落柿舎は芭蕉が三度も訪ねたと云う去来の棲家。修復の終わった庵は外からの拝見のみ。別段面白くも無い建物。庭にはたわわに実った柿が目立つ。柿の落下にご注意の看板が面白かった、
大勢の拝観客で賑わっているかと思ったが、ほとんどが入口で立ち止まる程度、外人さんがスモールハウスと呟くような造り、中まで入ろうなんて奇特な人は少なかった。みのる君も一瞥程度。念願だったが、それで十分。芭蕉ゆかりの地を訪ねたと云うだけで満足。一応、記念撮影だけは忘れなかった。紅葉には少々早かったようだ。
とうとう新しいパソコンを買ってしまった。
これまで使っていたPCはすっかり緩慢な動作となってしまい、著しく作業性が悪かった(起動に20分もかかる代物)。そろそろ潮時。通販雑誌に手頃なスペックのPCがあったので、ついに最新バージョンを手に入れてしまった。早計の感も否めないが、我慢の限界、と云った所だった。
丸2日かけて、ようやく何とか使えるようになった。業者に頼めば手っ取り早いだろうけれど、それでは沽券にかかわる。費用も惜しい。コツコツ、じっくりとインフラ整備に明け暮れた。
外付けハードディスクに退避させておいた古いPCのデータ(画像だけで数千枚もあった)を新しいPCに移したり、契約しているいくつかのソフトを再インストールしたり、メール環境の再設定やら何やら、延々と面倒な作業に没頭。
併せて、無線LANの環境となった。通販で買ったPCの付録に無線LANが付いていたので、早速活用することにした次第。配線無しでプリンターが動作する(プリンターも付録)。ネットにもつながる。確かに便利。若干セキュリティに不安が残っても、無線の快適さが勝る。とぐろを巻く邪魔なコードが不要になっただけでも有り難い。
Windows7の便利さを実感するまでには至っていないが、あれば便利なPC、高い買い物だ、精々使いこなさなければ。
不要になった古いパソコンはカミサンに譲った。何でも仕事でPCを欠かせない由(ワードの報告書等々)。これから勉強するにはぴったり。素人に新しいPCは勿体無い。
カミサンに払い下げる際、さまざまなソフトやデータを削除して空き領域を増やしたが、うっかりホームページ作成ソフトまで消してしまった。みのる君が運営するホームページ「暗礁物語」を作ったソフト。2年も更新していなかったから、すっかり失念していた。お粗末な限りだ。
折角空き領域を増やしたけれど、スピードアップとはいかなかった。相変わらず、起動が遅い。10年近く酷使した為、あちこちが傷んでしまったか。カミサンに辛抱して貰う他無い。
昨晩は雨が降っていた。
仕事を終えて帰宅途中は結構な降りで、この分ではしし座流星群は無理だな、と諦めていた。18日早朝に迎える流星群の極大。前々から早起き覚悟で楽しみにしていたけれど、間が悪い。雨ではどうにもならん。さっさと寝床に入り、そのまま熟睡。3時半頃、一度目を覚ましたけれど、はなっから諦めていたので、表に出るに気にもならず、もう一寝入りしてしまった。
いつものように起きて、朝刊を取りに玄関を出ると、何と、見事な晴れっぷりじゃないか。3時半に根性を見せておけば悔いは残らなかったが、今更遅い。後のお祭り。
沢山流星が見られると云う前評判は当ったのだろうか。見損ねたから、一杯流れたなんて話を聞きたいとは思わないが、やっぱり気になる。
みのる君はチャンスに弱いみたい。つくづく残念無念。
みのる君が諦めた夢の一つが「私設天文台を作る」こと。借金人生には到底叶わぬ夢で、結構早い時期に放り出してしまった。元来、他愛無い夢だったが。
どっか見晴らしの良い山に土地を買って、本格的な天体観測施設を作りたい。そして、昼夜逆転の生活を満喫しながら、新しい彗星を発見する。まるで世捨て人、隠遁生活者を気取りたい。
少年時代の切なる希望だったが、ネオン街で浮かれる内に借金が膨らみ、駄目だこりゃ、とさっさと諦めてしまった。今もチャンスを窺っている気配はあるけれど、長い歳月、意欲的に天文学を身に付けたためしも無いから、夢は形骸のみ。毎月欠かさず天文雑誌を講読しているけれど、破れた夢の惰性。
昨日の早朝4時、目覚めたついでに庭へ出てみた。満点の星空(良く見えると云う意味で、満点。あえて満天とは云わない)。そろそろ極大を迎えるしし座流星群の一端でも見られたら幸い。しばらく空を眺めていたけれど、みのる君の無精にお付き合いする程、自然の摂理は律儀では無かった。星は流れず。シリウスの鮮やかな輝きを楽しんだだけだった。
先週、久し振りに宇宙ステーションを拝んだ。夕暮れ時、仕事の手を休めて、職場の女性等にも声を掛け、表に出ると、待つ間も無く南西に明るい光芒が現れ、頭上を超えていった。初めて宇宙ステーションを見た女性陣は賑やかにはしゃぐ。ささやかな天文普及活動。
努力しないから夢は実現しない。しかし、努力は大変だし、面倒だし、億劫だから、あわよくば、に望みをつないでいる。
HDD内臓のDVDレコーダーが壊れてしまったみたい。ベンチャーズやチューリップのダビングで酷使した所為かしら、「エラー16」と云う表示が出てしまった。
内臓のHDDは一時保存用に過ぎない由。大事な映像はDVDに保存して下さい、と云うのがメーカーの主張らしい。DVDの内臓HDDはパソコンにあるデフラグ機能が付いていない由。何度も何度も書き換えを繰り返して来た内臓HDDは、データが寸断されてしまい、ついに我慢の限度を超えてしまったようだ。まだ、DVDに保存していない映像が残っているけれど、諦めて初期化で回復を祈るか。そろそろデジタル対応に替え時か。お金は無いし。思案のしどころ。頭が痛い。
貞享4年、芭蕉が「鹿島紀行」で鹿島根本寺前住職、仏頂和尚を訊ねた折の句、
寺に寝てまこと顔なる月見哉
神聖な寺に泊めて貰うと、思わず改まって月見に及ぶ。鹿島の月を見ようと思って訪ねたが、生憎の雨。明け方になって、時折雲間から月が顔を出す。「月のひかり、雨の音、ただあはれなるけしきのみむねにみちて、いふべきことの葉もなし。はるばると月みにきたるかひなきこそほゐなきわざなれ」(岩波書店「芭蕉文集」より)と残念がるが、世話になった手前もある。杜甫の詩(「覚メントシテ晨鐘<じんじょう。朝の勤めの鐘>ヲ聞ケバ、人ヲシテ深省ヲ発セシム」)を引合いに出して、真面目を強調する。
この句の前は、「月はやし梢は雨を持ちながら」。月を隠す雲の動きが早く、まるで月が走っているように見える。雨を含んだ梢からポタポタと雫が落ちている。雨にたたられて折角の月見が台無し。恨めしさとまこと顔が同居している。
元禄6年、芭蕉50歳の句、
十六夜はとりわけ闇のはじめ哉
昨日の名月と違って、欠け始めた十六夜は闇の始まり、寂しさもある、と云った句意。感傷的とも云えるし、言葉遊びとも受け取れる。続猿蓑には「十六夜はわずかに闇のはじめ哉」。「とりわけ」の方が面白い。七吟歌仙興行の折の作。
十五夜の翌月、再び、七吟歌仙興行があり、同席の濁子(じょくし)が、「十三夜あかつき闇のはじめかな」と云う句を作っている。
芭蕉43歳(貞享3年)頃の句。
座頭かと人に見られて月見哉
坊主の格好をした芭蕉が座頭と間違えられたとおどけている。二階辺りからお呼びでもかかったか。盲人に月見と云う取り合わせの妙に尽きる。これも芭蕉の一面。少し前に、「名月や池をめぐりて夜もすがら」をモノにしているが、句作りのおかしさや怪しい風体を自嘲する辺りは、芭蕉の冷めた視点と云える。
みのる君宅で茶会が催された。北風も和らぎ、まずまずの茶会日和。総勢40人近い方々が秋のひと時、カミサンの点てるお茶を味わった。最後のお客が帰って、ホッとした頃には外はすっかり暗くなっていた。
カミサン自慢の茶室で濃茶を味わって貰い、その後庭に設えた席で薄茶を、と云う段取りだったが、次々とお客がやって来るので、なかなかカミサンの狙い通りには事が進まなかった。濃茶席で話が弾むものだから、時々、後がつかえてしまう。一日中、庭先で待機してくれたお弟子さん達こそ大変だったに違いない。
八畳の広間を待合として、濃茶席までの時間、お客さんにオルガンの音色も堪能して貰おう。10回記念の今回は、あちこちでミニコンサートを開いているオルガン奏者が演奏を買って出てくれたので、これまでの茶会とは違った雰囲気となった。アコーディオンが得意なんですが、音が大きくて住宅街ではご近所が驚いてしまうでしょうから、オルガンにしました、なんて気配り。
奈良の東大寺に茶杓を献納した腕前を持つ方から東大寺管長直筆の色紙を頂いたり、わざわざピザを作って持って来てくれた方もいる。お祝いだからと赤飯を差し入れてくれた方もいるし、お菓子やケーキの差し入れもたっぷり頂いた。とにかく、この日を楽しみにご近所や県内外のカミサンの知り合いやそのお友達が馳せ参じてくれた。有難いことだ。
カミサンは、朝から晩まで息つく間もなく、動き回っていた。息子は生まれて初めての袴姿となり、娘も着物姿に変身して、慣れない受付を引き受けてくれたが、子供等の成長ぶりに目をみはるお客もいて、子供等には良い刺激になったかも知れない。
みのる君は時々ちょっかいを出す程度、静かに見守っていた。家族総出のお茶会って素晴しいわね、なんて云ってくれる奇特な人もいたが、みのる君は居場所がなかっただけさ。感心することではない。そんなことより、後始末が大変だろうな、と思う。大勢の方々のご厚意に報いることも大事だし、茶会のために移動させたたっぷりの荷物を元に戻さなければならない。当分、落ち着かない日々だ。
8月の同窓会に欠席した濱野悠に会って来た。9月には青森で啓一と再会、今度は新潟の濱野に再会と云う手際。群馬県草津温泉を通り抜けるコースを選んで、休日、高原ドライブも満喫して来た。草津へ向かう途中、工事中止で大騒ぎの八ッ場ダムの工事現場脇を走ったが、新聞等でお馴染みの巨大な橋梁が見えた。このまま政治の無策を象徴する歴史的建造物として後世に残すのも選択肢だ。住民無視も甚だしい中止発言。再び政権が交代したら、工事続行かね。ひどい話だ。最大の被害者である地元住民の声に耳を傾けるべきだろうと思う。
義憤はさておき、草津から志賀高原へと快適に走った。山岳地帯は好天。間もなく雪のシーズンとなり、冬期閉鎖が間近の時期(多分、今日は雪になるだろう)。交通量はいたって少なく、工事ばかりが目立った。志賀高原付近で写真を撮ったが、あまり上出来ではなかった。
飯山から妙高を抜け、昼前に濱野の自宅に到着。久し振りに元気なご尊顔を拝した。
濱野悠は昔と変わらず。新潟国体の準備やら後始末やらで相当ストレスをため、白髪も増えたかと思っていたけれど、案外、頑丈だったようだ。
積もる話に明け暮れた数時間だったが、旧友を訪ねるようになると、いよいよ人生も大団円かな。
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