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2009年8月の記事

2009年8月31日 (月)

心機一転

 大不況の最中、昨年末に仕事を辞めてしまったみのる君のカミサンは、春先に期間限定の仕事にありついたものの、その後は職安通い。わずかの失業保険の給付でしのいでいるが、6月になって一念発起。新たな技術を身に付けようと、3ヶ月の研修に参加した。研修中は、時々レポート提出が求められ、みのる君の手を煩わせていたが、先週、何とか無事に研修が終わった。

 慌しい3ヶ月間だったが、その間に京都の家元を訪ねたり、みのる君とのドライブを楽しんだり、庭の草むしりに精を出したり、結構多忙な日々を送りつつ、就職活動にも余念が無かった。その活動が功を奏したか、来週から採用しましょうとの連絡があった。研修の成果か。心機一転、さあ、頑張るぞ。カミサンはホッとしているが、今度の職場は年齢的にも体力的にもかなりハード。勤まるかしら。いささか心配でもある。

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2009年8月30日 (日)

いよいよ選挙

 にぎやかな選挙戦が終わった。さて、結果は如何に。

 これまで、員数の一人として動員にも快く応じ、あちこちの陣営の決起大会でこぶしを振り上げていたが、今回は静観を決め込んだ。しかし、傍観者ではない。仕事を理由にご協力は最小限に留め、専ら知らん振り。日々の糧にも困るご時世だし、戦後最大の被害者である団塊の世代の末席としては、将来設計に不安も不満も抱えているし。各党にあっけらかんと明るい将来を約束されると、逆に胡散臭いし。非難、中傷合戦、揚げ足取りが目立つ選挙戦も如何なものかと思うし。身の回りが忙しかった事でもあり、今回は我関せずを通した。とにかくも、にぎやかな選挙戦が終わった。

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2009年8月29日 (土)

ヴィラ雨畑

 先週、山梨県の西部、南アルプスのふもとにある早川町を訪ねた。広大な山野に住民千数百人と云う日本一人口少ない町と由。

 カミサンの実妹と実母、それに実母の妹(叔母)の四人にみのる君。みのる君は運転手兼用心棒と云った所。もっとも女性陣は義母はじめ相当の年齢だから、用心棒の意味合いは薄かったかな。カミサンが実母や妹との一泊旅行を企てた次第だが、ついでに、日頃実母を気遣ってくれる叔母にも感謝の意を表して同行を願う。叔母は喜んで参加してくれた。

 甲府から南下、鰍沢から身延へ富士川沿いに進み、早川町方面に西進。役場を過ぎた辺りからいきなりの隘路。対向車が来ればお手上げの道を奥へ奥へと入っていくと雨畑のダム湖に辿り着く。その先に今晩の宿泊場所、廃校を利用した「ヴィラ雨畑」がある。エライ所じゃないか。女性陣は賑やかなお喋りで、険しい道のりの苦労なんか一顧だにしない。何も無い所じゃないか。旅館に一泊、夜の街の散策も乙なもの、なんて楽しみはあっけなく霧消さ。山あいに陽が沈めば、一面真暗闇。自然たっぷりの宿。

Amahata  午後3時過ぎにチェックインした後は、まず、硯作りの体験に挑む。前もって予約しておいた宿の隣りにある体験教室へ女性陣は颯爽と出掛けて行った。その間、みのる君は部屋で惰眠。

 早川町は硯の産地でもあり、「雨畑硯」は有名らしい。書にこだわるカミサンにとって、自前の硯作りが今回の大きな目的の一つだった。

 夕方、成果を持ち帰って、各人の出来不出来を披露した後は、カミサン持参の茶道具を部屋に広げて、風流な茶会が始まる。みのる君は、ただ大人しくしているばかり。今回ばかりはカミサンの親孝行を見守るしかなかった。

 夕食も済み、女性達のお喋りも終わり、やっと静寂が戻った頃、表を見れば満天星空。一つ、星が流れた。

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2009年8月24日 (月)

畳の表替え

 久し振りに畳の表替えをしている。2年に一度、文化の日に我が家では恒例の茶会を催すが、表替えはその準備の一環。今年は10回目の記念茶会と云う事で、カミサンは力を入れている。当日はピアノの調律をお願いしている方が、オルガンを持参しての演奏を買って出てくれたと云う。お茶にオルガンの音色が合うのか不明だが、待合のお客の耳を楽しませてくれるは間違いない。

 カミサンは春先から馴染みの畳屋さんに表替えをお願いしていたが、なかなか忙しくて個人宅まで手が回らなかった模様。ようやく、ここへきて暇になったようで、2週に分けて新しいものに取り替えてくれる。今回は、新築以来一度も表替えをしていなかった2階の畳も取り替えてもらった。懐かしい強烈な井草の香りの所為か、新しい畳での寝心地は良かった。

 今週は、いよいよ本命の茶室の表替え。カミサンは部屋の荷物をあっちへ運び、こっちへ移す作業で、ほぼグロッキー状態になっている。日頃からきちんと整理していれば慌てる事は無いのに、カミサンは面倒な事は後回しの性分、毎度の泥縄、大慌てで荷物を動かしている。

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2009年8月23日 (日)

庭の草むしり

 カミサンが奮起して庭の草むしりに精を出した。日中5時間。昼飯も喰わず、ひたすら地面とにらめっこして雑草を取り続けた由。仕事を終えて帰宅すると、すでにカミサンはぐったりしていた。ちょっと、頑張り過ぎたかな。今日の夕食は簡単に済ますわ。もう、草臥れてしまったから、早く寝る。たっぷり蚊にも刺されたし。ヘビは見なかったわ。どう、すっかりきれいになったでしょう。カミサンは自慢するけれど、生憎、日没後の辺りが暗くなってからのご帰還だから、庭の状態は良く分からない。別段、変わったようにも見えない。お疲れ様。一応労をねぎらっておかないと後が怖い。

 町内の回覧板に庭のお手入れを促す記事があったけれど、その所為でも無いみたい。前々から気になっていた庭の雑草。思い立たないと身体が動かない。今日こそは、今日こそはと思いつつ、よりによって残暑の厳しい日の草取りとなったらしい。ご苦労な事だ。

 庭の手入れ全般はカミサンの役割。庭なんかコンクリートで十分、手入れも簡単だし。新築した当初、みのる君の無粋な提案は呆気なく却下された。カミサン好みの庭になったが、庭には一切口も手も出さないと云うみのる君の主張を受け入れたカミサンは、以後、しぶしぶ草むしりから剪定、消毒、庭掃除一切をやる羽目になった。でも、消毒や剪定作業は近所の農家の知り合いにお願いしており、ごくたまに草むしりに専念する程度。桜や各種の椿や茶花の数々を所狭しと植えており、無粋な者が手を出すと、うっかり大事な花までむしられてしまう。カミサンはそれを懸念している様子。ぶつぶつ云いながらも、健気に草花を育てている。

 今年は空蝉が多かった。庭のあちこちに落ちていたらしい。その一つを拾って来て、玄関の花入れに添えたが、家族もお客も、そこに蝉の抜け殻があるなんて気付かない。いちいちカミサンが説明する始末。お客は一様に驚いてくれるから、カミサンは得意満面だ。

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2009年8月22日 (土)

町内にヘビが出没

 回って来た町内の回覧板にヘビの出没記事があった。

 どこぞのお人がヘビを見付けたらしい。気持ち悪い生き物が徘徊するなんて、何て所なの。きっと、自治会長に苦情を持ち込んだに違いない。回覧板には、ヘビが棲みつかないよう庭の手入れを怠らないようご丁寧なアドバイスまで書かれてあった。

 先だって我が家で青大将がトグロを巻いていたが、まさかこいつじゃないだろうな。犯人はお前だ、なんて云われかねない、かな。我が庭は鬱蒼と緑が生い茂っているから…。

 確かにヘビは気持ち悪い。みのる君がご幼少の頃は、川の土手で日向ぼっこしていたヘビを掴んでは縄跳びみたいに振り回して遊んでいた覚えがあるけれど、勿論、この歳になると気持ち悪くてそんな乱暴な事は出来ないし、今更触るのは嫌だし、見たいとも思わないが、たかがヘビを見付けた位で、目くじらを立てて大騒ぎするような大人げない真似もしない。目のカタキでも無い。地方によっては、ヘビは家の守り神だし。回覧板で注意を喚起するのも如何なものかと思うが、きっと自治会長も対処に困ったのだろうなと思う。

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2009年8月19日 (水)

池田記念美術館

 新潟県南魚沼市浦佐に小泉八雲文学資料室を備えた池田記念美術館がある。ベースボール・マガジン社の創設者、池田恒雄氏の個人収集の寄贈を受けて南魚沼市が建設した美術館の由。1階の「スポーツ文化展示室」には東京オリンピックや相撲、プロ野球のさまざまなコレクションが展示してある。2階には小泉八雲に関する資料が沢山飾られている。雲洞庵の後は、カミサンとこの客も疎らで長閑な美術館を見学した。

 八雲は東大の英語講師を排斥されたが、後任が夏目漱石だった由。熊本の第五高等中学の英語教師を辞して後も、漱石が後任だった由。知らなかった。八雲に宛てた細君の全文カタカナの手紙も展示されており、亭主を一番大事と気遣う文章が微笑ましかった。

 館内を一巡後、1階の喫茶コーナーでコーヒーを頂いた。松江市とこの美術館でしか味わえない八雲の愛した味と香りの由。喫茶コーナーからの八海山の眺めも良い。広い庭園をアヒルが優雅に散歩していた。

Ikedam

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2009年8月18日 (火)

雲洞庵見物

 休みの一日、カミサンと直江兼続の故郷新潟県南魚沼市にある雲洞庵を見物した。カミサンが毎週欠かさず見ているNHKの「天地人」の舞台となった所。

 さすが、NHKの力。雲洞庵は観光客でごったがえしていた。人込みが苦手なみのる君は老若男女の群れに参ってしまった。この人気、来年も続くかな。

 拝観料300円を払って参道に入る。鬱蒼とした杉木立が見事。本堂に入れば、座禅堂や観音堂、宝物殿等を自由に歩き回れる。意外に開放的。カミサンは一つ一つ、じっくりと見学していたが、みのる君はさっさと一巡してしてしまう。

Unntouan  寺の近くに「にしむら」と云う喫茶店があった。自宅を改装してオープンしたようなお店。見物前にここで旅の疲れを癒すコーヒーを頂戴した。道中、美味しいコーヒーの店でもあれば好いね、なんてカミサンと話していたが、まさにお誂え向きだった。

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2009年8月17日 (月)

覚満渕散策

 関東平野の北のはずれに赤城山がそびえる。朔太郎が「帰郷」と云う詩に、「まだ上州の山は見えず」と云う一節があるが、この「上州の山」は赤城山に違いない。なにしろ、平野の向こうに長い裾野を広げたこの山がよく目立つ。

 今年も赤城山へ行って来た。今回は倅が案内。盆休みのひととき。親孝行と称して、流れ星ツアーと親の避暑にお付き合いしてくれた。

 流れ星ツアーの翌日、家に居ても暑いから、山の冷気でも味わおう。みのる君が提案で早速三人で出発。目立つ山だし、気軽に出掛けるには手近な山。

 下界と違って、1300㍍近い高度になると、やはり涼しい。20数℃の気温が心地良い。

 覚満渕脇の店で蕎麦を喰った後、のんびり覚満渕を歩いた。結構の人出が珍しい。ぐるり一周の後は、近くの森を散策。沢に降りて冷たい水を味わう。好天が一日早ければ、きっと見事な流星が見られただろうな。みのる君の悔しさは尾を引いていた。

Kakuman  緑鮮やか山の空気を満喫した翌日、倅は諏訪湖の花火を見に行くと云って、さっさと自分の生活に戻ってしまった。

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2009年8月16日 (日)

ユリウス日

 紀元前4713年1月1日世界時12時を起算時点として、正午から翌日正午までを1日として加算して基準日からの経過日数をカウントしていく。これがユリウス日。天体の位置計算なんかでは必ず出てくる基準。何故こんな基準が設けられたのか、なんて細かい経緯や理屈は専門家にお任せして、とにかく計算の基準の中の基準と思えば良い。天文雑誌には必ず出てくる。

 現在の太陽や月、星の位置を計算で求める場合、まず、現在のユリウス日が大事になってくる。基準日から何日経過しているのか。うるう年の処理も付いて回る。国によっては採用している暦が異なる場合がある。昔の日本は太陰暦だったが、過去の天体現象を調べる際、太陰暦では都合が悪い。まず、今日の太陽暦に換算しなければならない。そうした不便さを解消するには統一の基準が便利。1000年前の1月1日だって、ユリウス日に置き換えれば、ややこしい計算に悩む事は無い。

 紀元前4713年1月1日を基準にしているから、今年の1月には245万4800日を超えており、あまりに日数が多い。いちいちこの経過日数を扱うのも面倒だから「修正ユリウス日(MJD)」を設けて、ユリウス日から240万を引いた値を専ら使用するようになっている。

 例えば、本日のユリウス日は「2455059」日。240万を引いた「55059」日が修正ユリウス日(MJD)。そして、小数点以下を時間の単位で表す。世界時12時がユリウス日の基準だから、日本の場合は9時間先行(世界時が正午の場合、日本時間は21時)分の0.5を加える。24時間を「1」として、例えば12時間は「0.5」、9時間は「0.375」(9÷24)。午前6時であれば、「6÷24」で、0.25。8月16日午前6時をMJDにすると、「55059.25」となる。この値が天体の位置計算の第一の基準(観測地点の経緯度が第二の基準)と云える。

 フリーゲルの公式と云うのがあって、日付から修正ユリウス日に変換する計算式が膾炙している。これをエクセルの関数を使って、まとめると以下の通り。

=IF(MONTH(A1)>2,INT(365.25*YEAR(A1))+INT(YEAR(A1)/400)-INT(YEAR(A1)/100)+INT(30.59*(MONTH(A1)-2))+DAY(A1)-678912,INT(365.25*(YEAR(A1)-1))+INT((YEAR(A1)-1)/400)-INT((YEAR(A1)-1)/100)+INT(30.59*(MONTH(A1)+10))+DAY(A1)-678912)

 上の計算式をコピーして、エクセルの適当なセルに貼り付けて利用すると便利。セル「A1」に日付を入力するように設定してある。但し日付は1900年以降の適用(エクセルの日付処理に合わせている)。日付の入力は「yy/mm/dd」(今年に限っては「m/d」でも可)と入力する。例えば、上の計算式をセル「C1」に貼り付けておくと、「A1」に日付を入れると「C1]に計算結果のMJDが表示されるはずだ。

 ついでに、例えば、「C2」に以下をコピーして貼り付ければ、入力した日付の「曜日」が表示される。

=IF(MOD(C1-4,7)=0,"SUN",IF(MOD(C1-4,7)=1,"MON",IF(MOD(C1-4,7)=2,"TUE",IF(MOD(C1-4,7)=3,"WED",IF(MOD(C1-4,7)=4,"THU",IF(MOD(C1-4,7)=5,"FRI","SAT"))))))

 次に、日本時間(入力はhh/mm)を「A2」に入力した場合に、「C3」にその時間の正確なMJD(JD:修正ユリウス日<日本時間>)を計算させる式が以下の通り。

=C1+(HOUR(A2)-9)/24+MINUTE(A2)/1440

 パソコンの無い時代は、これらをコツコツ手計算していたはずで、こうした事例を考えると、科学の進歩に感謝だね。

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2009年8月13日 (木)

濃霧で流星群は見られず

 やっと仕事が終わり、明日から盆休みと云う晩、怪しい空模様だったが、遠出をすれば晴れている所もあるだろう、なんて無計画でペルセウス座流星群観望に家族で出掛けた。

 明るい流れ星が沢山見えるこの流星群だが、毎年、ほとんど雨や曇天で楽しめない。今年こそは、今年こそはばかり。時期が悪い。温暖化も悪い。

 夜の10時過ぎに出発。みのる君はすでに酩酊。倅に運転を頼み、カミサンは後部シートで惰眠。北の方は低気圧が近付いているようだから、西へ行こう、長野県の軽井沢辺りなら、涼しいし、きっと晴れているに違いない。みのる君の大雑把な指示に従って、倅は国道18号線を西進。が、いくら西へ向っても、空には星一つ見えない。明るい木星すら顔を出していない。東にはお月さんが昇っているはずだけれど、それも見えない。

 松井田から碓氷峠へ。バイパスが出来て、すっかりすたれた旧道に入った途端、霧が出てきた。進む程に霧が濃くなっていく。やがて、1㍍先がまるで分からない程の深い霧に包まれてしまった。センターラインも見えない。夜中に峠を越える酔狂な車も無い。こりゃ、流星群は無理かな。こんな霧は初めてだ。倅は必死になってコーナーを回っている。事故ったらえらいこっちゃ。

 やっとの思いで真夜中の軽井沢へ到着。一寸先が闇の峠を越えて来ると、町の灯が嬉しい。街灯も霧の中でぼんやりしているが、ホッとする。

 霧は晴れそうに無い。軽井沢から草津の方へ向ってみようか。少しは晴れ間もあるか知れない。車を北に向けて、しばらく山道を進んだが、再び濃霧。今日は無理だな。流星群は諦めよう。滅多に経験出来ない濃霧のドライブを味わった事で良しとしよう。

 とうとうみのる君は英断を下して、踵を返した。もう何年もペルセウス座流星群を拝んでいない。日頃の行いの所為か。今年も不本意な結果となってしまった。明け方に帰宅。倅の労をねぎらってビールで乾杯。

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2009年8月 7日 (金)

吉見百穴

 埼玉県比企郡吉見町に古墳時代の横穴墓群の遺跡がある。昔、仕事の途中にたまたまこの古墳の脇を車で走り、その異様な景色に驚いた覚えがある。常々、一度は訪ねたいと思っていたが、川越からそんなに遠くは無い、ついでに寄ってみよう、古墳にはあまり関心の無いカミサンも承知したので、川越見物に併せて足を運んだ。

 吉見百穴(ひゃくあな)は国の史跡にも指定されている。凝灰岩の岩山に200以上の穴が掘られている。いずれも墓。聖徳太子が活躍していた時期、6世紀から7世紀頃に造られた由。中には関東地方には珍しい「ヒカリゴケ」(天然記念物指定)が自生している穴もある。覗き込むと暗い中に緑色のコケが見える。太平洋戦争中は軍需工場のトンネルが掘られ、幾つか墓が台無しになってしまった由。トンネル内は涼しかった。

 資料展示室と埋蔵文化財センターもあり、発掘された土器類等が展示されている。正岡子規もここを訪ねた由。「神の代はかくやありけん冬籠」の句碑があった。

Hyakuana

 

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2009年8月 6日 (木)

喜多院の五百羅漢

 徳川家ゆかりの天台宗寺院、川越の喜多院を訪ねた。川越と云えば喜多院。カミサンの希望で立ち寄った。

 移築した徳川家光誕生の間があったり、春日局の化粧の間があったり、天海僧正をまつる御堂があったり、遠州好みの庭もあり、意外に楽しめた。

 一番の見ものは、日本三大羅漢の一つと云われている「五百羅漢」。さまざまな表情の羅漢さまが500体以上も鎮座している。江戸天明2年から50年近くの歳月をかけて建立された由。ひょうきんな顔もあれば、頭を抱えた者、横たわる羅漢もあって、なかなか面白かった。

Rakan

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2009年8月 5日 (水)

「つばさ」の舞台、川越見物

 毎日、NHKの連続テレビ小説「つばさ」を楽しんでいるカミサンとその舞台となっている川越を訪ねた。

 下調べもせず、当てずっぽうで出掛けたものだから、何処に何があるのか見当も付かなかった。川越と云えば喜多院よ、と云うカミサンの記憶とテレビに出てくる「時の鐘」だけが頼りのずぼらな観光。

 一応、時の鐘の前で記念撮影。ついで蔵造りの町並を散策、テレビでも紹介されたよ、と云う呼び込みに釣られて、懐かしの支那そばを食し、菓子屋横丁を冷やかし、喫茶店でコーヒーを味わい、勿論、喜多院も見物、曇天ながら雨に降られることもなく、のんきな観光を楽しんだ。

 「つばさ」のタイトルバックに使われている写真の撮影場所を見付けた。カミサンに主人公と同じポーズを取って貰い、記念撮影。何故、あっちを向いた状態で撮るのよ。カミサンは不審がっていたが、後でプリントしてテレビを見ながら、ほら、このシーンがこれだよ、と撮った写真を見せる。あら、テレビと同じ場所、同じ格好だ。カミサンは大笑い。良い記念になっただろう。みのる君独特のシャレさ。たった一枚が永久保存版になる(なんて思っていたら、今週になってタイトルバックの写真が変わってしまった。NHKの意地悪め)。

Tokinokane

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2009年8月 4日 (火)

マニフェスト

 マニフェストと聞くと、ついつい、産業廃棄物を適正に処理するために発行されるマニフェスト伝票を連想してしまう。排出元の事業者が事業活動で生じる産業廃棄物をきちんと処分して貰うために、廃棄物運搬業者、中間処理業者、最終処分業者宛にマニフェスト伝票を発行する。適正に処分されると伝票は排出元に回収される仕組みになっている。要は「ゴミ出し」のルール。最近は、政権公約としてのマニフェストが耳目を集めているが、どうにも廃棄物に結び付いてしまう。みのる君の穿ち過ぎか、不謹慎か。高速道路無料は大歓迎だけれど、そこで働く人々は一斉に職を失う羽目になるかも知れない。きちんと新たな就職先は確保してくれるのだろうか。余計な事かも知れないけれど、気になってしまう。廃棄物処理のマニフェストは「manifest」、政権公約のそれは「manifesto」の由。日本語では区別が付かない。紛らわしい言葉だ。何でもカタカナ、横文字と云うのは如何なものか。

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2009年8月 3日 (月)

ポイント還元

 ETCのポイント還元の通知を貰った。8千円分のポイント還元。長距離ドライブ好きなみのる君には朗報。休日は高速道路1000円のご時世だから、関越自動車道から新潟経由で青森まで走って1000円。しかもこれがタダになる。何と云うメリット。青森往復4回がガソリン代だけで済む。せっかくのポイント還元。大事に使わねば勿体無い。

 ETC車載器の増産は慎重と聞いた。総選挙の結果如何で高速料金無料の可能性もあり、無料になれば車載器なんか無用。だから、メーカーは生産ライン増強に慎重姿勢の由。

 そうなると、ポイント還元を手放しで喜ぶみのる君は滑稽だね。ポイント自体の意味も役目も特典も無くなってしまう。今のうちにせっせと特典の恩恵に与っていた方が良いかも知れない。

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2009年8月 2日 (日)

暫く振りの宇宙ステーション

 今年4月に宇宙ステーションを眺めて以来、しばらくは条件に恵まれず、天候も災いして、なかなか見る機会もなかったが、この間、久し振りにほぼ真上を通過する宇宙ステーションを楽しんだ。

 たまたま、息子の友人達が遊びに来ており、宴会中の息子や彼らも誘い、カミサンにも声を掛け、短いショータイムを楽しんだ。雲の多い晩だったが、幸い、ちょうど飛行経路に当たる部分だけ雲が切れており、北から南へ移動する姿が見られた。わずか3分間のショー。初めて宇宙ステーションを見た息子の友人達は大歓声を上げ、凄い、凄いを連発していた。

 宇宙ステーションでの長期滞在を終えた若田光一さんが、地球は草の香りがしたと語った。壮大な地球と微かな草いきれの対比。自然を観照する俳句みたいな感想。日本人の感性かな。やっぱり、地上の空気は格別なんだろうね。

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