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2009年5月の記事

2009年5月30日 (土)

クライマーズ・ハイ

 過日、WOWOWで「クライマーズ・ハイ」を拝見。原田眞人監督。堤真一、山崎努、堺雅人等出演。2008年製作。

 谷川岳衝立岩を初登攀した東京雲稜会とか、大久保清、連合赤軍等身近だったニュースや知人の話題が飛び交う映画と云うことで、興味を持って拝見したが、少々ガッカリだった。スクープに血眼の新聞記者にうんざりしてしまうが、客観性を失いかねない報道の危うさは見事に出ている。大手新聞社に対する対応意識は理解出来るものの、いささか乱暴。販売担当の言い分や広告の意味を忖度しない主人公の尊大さに呆れてしまう。地方紙の社長は類型的だし、偏見だし、監督の独り善がりか、クライマーズハイか。期待して観たので、落胆は大きかった。大久保事件や連合赤軍事件を報道する側にいた親父殿がこの映画を観たら、どんな反応を示しただろうか。現場を懐かしむか、大笑いしたか。多分、両方だっただろうな。

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2009年5月27日 (水)

マスク姿を見かけなかった

 先週末、久々に上京。西武線に乗ったり、高田馬場周辺を歩き回ったり、甥の結婚式で酔っ払ったり、楽しい一日を過ごしたが、電車内でも駅でも、マスク姿は全く見かけなかった。

 新型インフルエンザ騒動で、上京前は連日のようにテレビのニュースでマスク姿ばかりを見ていたのから、結婚式はどうなるのだろう、全員マスクかね、電車に乗るのも心配だ、等々カミサンと話していた。

 カミサンの用心は大したもので、5月連休の長距離ドライブの前にすでにマスクを確保、念の為マスク持参のドライブだったし、結婚式にも一応マスクを持って行こう、なんて荷物に忍ばせての上京だったが、全く杞憂だった。

 今回の上京ではマスコミ報道の危うさを実感した。ニュースの度にマスク姿を流していたけれど、実際はまるで違っていた。報道に踊らされてはいけないね。

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2009年5月25日 (月)

アクセスカウンター撤去

 一週間程前、突然思い立ってアクセスカウンターを撤去してしまった。カウントアップに一喜一憂は不本意だし、カウンターがあると、やはり毎日のカウントアップが気になってしまう。間もなく3万2千の大台になる所で、この際思い切ってアクセスカウンターを外してしまった。が、無くなると、ちょっと寂しいね。数値が増えていくのも楽しみの一つだった。これがなくなると、何となく張り合いも無い。まぁ、そんなものだろうね。

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2009年5月22日 (金)

紫蘭

 我が家の庭に咲く紫蘭(シラン)。黒百合と向かい合った位置に咲いている。黒百合とは対照的に鮮やか。Siran

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2009年5月21日 (木)

我が家に咲いた黒百合

 一年前、カミサンと長野の善光寺を訪ねたが、その折、門前の売店でカミサンは黒百合の球根を買った。育てるのは案外難しいらしい。ダメモトで庭先に植えた由だが、最近になって開花。あら、咲いたわ、うれしい。カミサンは黒百合の開花に大喜びだった。

Kuroyuri

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2009年5月18日 (月)

ETC利用の成果

 みのる君が高速道路のETC利用を始めたのは平成16年夏。以来、結構、重宝に利用しているが、どの位得をしたのか、ちょっと調べてみた。

 利用して約5年間、通常料金では43万円分もETCを利用してきた。そして、実際に支払った額は30万円(年平均6万円のドライブ)。内、10万円分は前払制度の割引活用。その他、専ら深夜割引を利用させてもらったお陰で13万円も得をした勘定になる。東京から京都南までの高速料金は10,050円。つまり、東京、京都間6往復分と1回の片道分近い料金がETC割引制度の恩恵を頂いた計算になる。距離に換算すると、概算6千㌔分がタダ。有難いことだ。土日祭日が終日1000円のご時世、恩恵はどんどん増える一方か。

 ちなみに、高速料金から大雑把に走行距離を割り出すと(460㌔で1万円として~東京、京都南間の距離と料金を参考にして~)、約5年間で2万㌔走破した勘定。2万㌔で43万円と考えれば、ちょっと高い感じかな。ETCの恩恵に浮かれている場合ではないか。

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2009年5月15日 (金)

琵琶湖東を走る

 幻住庵を拝見して、今回のドライブ計画は全て消化。後は、渋滞を避けて家に帰るだけだ。午後も4時過ぎとなれば名神や中央道は大渋滞の最中だろう。みのる君は琵琶湖沿いに北上することに決めた。カミサンは竹生島を見たことがないと云う。ちょうど良い、走りながら夕暮の竹生島も一興。

 草津市の先から湖岸道路を北進。途中、琵琶湖大橋有料道路の手前で渋滞している模様。それを避ける為、一旦、湖岸道路を離れると、ちょうど佐川美術館の前。その少し前、車の中で佐川美術館の話題が出て、どの辺にあるのかな、なんて話していたところだったので、二人ともビックリしてしまった。偶然にも話題の美術館の前を走るなんて…。又、遠くから彦根城も見られた。

 湖岸道路は空いており(反対車線は車が多かった)、実に快適に走れた。カミサンは上機嫌に「琵琶湖周航の歌」なんかを歌い出す。日は西に傾き、竹生島が見られる頃は日没直前。写真を撮りたい。カミサンの我儘に付き合って、近くの道の駅「湖北みずどりステーション」に車を止め、写真を撮る。ついでに、暫時、休憩。

 その後、高月町で夕食を取り、木之本インターから北陸自動車へ。途中のサービスエリアで休憩しながら、翌朝、無事帰宅。走行距離18百㌔。今回も一切渋滞なしだった。

 ちなみに、職場の同僚がみのる君を真似て連休中に九州別府までドライブした。何と片道24時間もかかってしまった由。関東地方を午前9時に出発しているようでは駄目だよ。わざわざ渋滞を狙って走るようなものだ。愚の骨頂。同僚は帰りも24時間も費やしてしまい、もうこりごりとこぼしていた。

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2009年5月14日 (木)

やっと幻住庵訪問

 3月に見損ねた大津の幻住庵。今回のドライブの最後に、再度挑戦。

 常寂光寺の後は、京福嵐山駅付近で昼食。周辺は大勢の観光客で賑わっていた。車を駐車した数時間前とは大違いの混雑ぶり。常寂光寺で個展を拝見出来たカミサンは上機嫌で、珍しくみのる君に御馳走してくれた。

 食後、駐車場を出発。昔、芭蕉が落柿舎から大津の幻住庵まで歩いたであろう国道1号線をナビの案内に従って進む。幸い、道路は渋滞していなかった。

 午後2時過ぎ、ついに幻住庵到着。しかし、駐車場は空っぽ。京都の華やかさとはエライ違いだ。駐車場から国分の山を登った先に目指す幻住庵がある。又、上るのかい。熊野三山でも嵯峨野でも散々歩き回って来たから、さすがにきつい。カミサンに励まされながら、やっとの思いで上ったが、庵には先客の団体様がおり、何やら大きな声でウンチクを語っている。へそ曲がりのみのる君は一気に興醒め。先刻ご承知の事柄なんてあまり聞きたくないので、団体様をやり過ごしてから門をくぐった。へそ曲がりも困ったものさ。

 要は山の雰囲気を味わえれば良し。みのる君の見物はあっさりしたものだった。

Genjuuan

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2009年5月13日 (水)

常寂光寺の「春らんまん」

 厭離庵の後は、いよいよカミサン待望の常寂光寺へ。「春らんまん洛中洛外の仏たち 細川護煕~美の世界~」と銘打った個展。茶道具や書、信楽焼の仏像が沢山展示してある。入場料は抹茶付き1000円と寺の拝観料400円。ちと高い。みのる君好みの世界では無いけれど、カミサンに促されてしぶしぶと従う。本堂のあちこちに作品が展示されており、庭にも仏像が点在している。原則、写真撮影禁止。みのる君はいつもの通り、手馴れた感じの作品群を一瞥してお仕舞い。カミサンが見終わるのをじっと待つばかり。

 広間の一角に「女ひとり生きここに平和を希う」と書かれた市川房枝参議院議員の書が飾られていた(庭には同様の石碑もある)。第二次世界大戦で犠牲となった女性達の生きた証し。私、市川先生とお茶席が一緒だったことがあるのよ。先生が正客で、私が次客。カミサンが自慢げにみのる君に話す。この額、写真に撮りたいな。でも、撮影禁止だし。そう云いながら、近くにいる係員の所へ行って撮影交渉。作品は撮影しないから、市川先生の額だけを撮らせて貰いたい。事情を察した係員は快く承諾してくれた。一応、恐縮して写真を撮った所為か、うまく撮れなかった。

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2009年5月12日 (火)

厭離庵(えんりあん)

 落柿舎が修復工事中と云う予想外の展開で落胆、ガッカリした足取りで先を行くみのる君をカミサンが呼び止めた。ちょっと、此処を見て。ほら、厭離庵がある。面倒臭そうにカミサンの所に戻ったみのる君に、厭離庵って藤原定家の山荘跡よ。知っていた?カミサンは誇らしげに云う。此処の時雨亭で百人一首を編纂したらしいわよ。入ってみましょう。狭い路地をさっさと歩き出す。あまりに狭い道。気を付けて探さないと見過ごしてしまいそうな路地の奥に「厭離庵」がある。カミサンに引っ張られながら、みのる君も門をくぐった。後で知った事だけれど、普段は非公開みたい。運が良かったかな。

 拝観料500円。こんな小さな寺の見物に5百円も取るのかい。カミサンにこぼすと、近くで物音。若い住職が庭仕事をしていた様子。聞こえてしまったかしら。二人分千円を払って、中を拝見。カミサンが気安く住職にあれこれ質問すると、普段はお茶など出しませんが、今日は特別に抹茶をお出ししましょう。なんて温かいもてなしを受けてしまった。抹茶の代金はいらないと云う。みのる君の愚痴をしっかり聞かれてしまったようだ。

 この寺は秋の紅葉が素晴しい由。定家塚や定家が筆を洗う水を汲んだと云う井戸やら、緑豊かな庭園を見物。それから住職が用意してくれた抹茶と干菓子を頂く。少し前まで尼寺だった由。若い住職がこの寺へ来て日が浅いと云う。カミサンは茶碗や干菓子に興味を示し、いつものごとく図々しくあれこれ訊ねる始末。住職は嫌な顔もせず、丁寧に答えてくれた。時雨亭跡はこの厭離庵と常寂光寺、二尊院の三箇所にあって諸説紛々。

 百人一首ゆかりの厭離庵を拝見して少しは落柿舎ショックも和らいだ。思わぬ収穫と云ったところかな。快く抹茶でもてなしてくれた住職に感謝。

Enri

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2009年5月11日 (月)

落柿舎修復工事中

 みのる君が一番楽しみにしていた嵯峨野の落柿舎は修復工事中だった。

 栂尾高山寺から嵐山に戻り、駐車場に車を預けたのは午前8時過ぎ。さて、いよいよ嵯峨野散策。

 みのる君のお目当ては、勿論去来の落柿舎。カミサンは落柿舎近くの常寂光寺で開催中の細川護煕展。元総理の個展は10時開会との由、その間にゆっくり落柿舎を見学しよう、なんて計画していたが、水の泡。柿も木から落ちる。落胆と疲労困憊。まさか工事中とは。予想外の事態ですっかり消沈してしまった。去来の墓もかすんでしまった。

 もう少し詳しく調べておくべきだった。個展会場の常寂光寺は落柿舎の近く。だから紀伊半島からわざわざ訪ねる気にもなったのに。悔やんでも後の祭り。カミサンから、又、京都へ来いと云うお告げなのよ、なんて楽天家の本分を発揮した慰めのお言葉を頂戴してしまった。

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2009年5月10日 (日)

栂尾高山寺

 桂離宮を後にして、ほどなく京都嵐山の渡月橋に到着。とりあえず駐車場の開く時間を確認した後、時間が余っているので、高山寺へ行って見ようか。みのる君が提案にカミサンはすぐに快諾。行きたい、あそこには日本最古の茶園があるはず、鳥獣戯画もあるはず、是非見たい、と張り切る。しかし、この時間じゃ拝観は無理。せいぜい表から眺める程度だろう。桂離宮と同じさ。みのる君は冷たくあしらって、車を栂尾へ向けた。

 朝7時前に高山寺前の駐車場に到着。やはり早すぎたかな。念のために周辺を歩いてみると、駐車場に近い裏参道は閉まっていたけれど、表参道は閉じていない。ご自由にお入り下さい、と云った風情。カミサンとなだらかな参道を上りつめると境内。みのる君らと同じような観光客もいて、境内を散策している。早起きは三文の得か。二人で気ままに境内を歩き回った。カミサンはお目当ての茶園に喜び、遺香庵庭園や明恵上人御廟を外から覗き込み、石水院や金堂をカメラに収めたり、忙しく動き回っていた。時間が時間なので建物の中へは入れず、少々物足りなかったご様子だが、お茶にゆかりの高山寺を訪ねられるとは思ってもみなかったので、雰囲気を味わっただけでご満悦の呈だった。開館まで待っていては全ての計画がオジャンになってしまう。ぼちぼち戻ろうか。カミサンを促して、車に戻った。

Kouzanji 嵐山・高雄パークウェイと云う有料道路経由で嵐山に戻ったが、高速道路1000円で走り放題の時代に、わずかな距離の有料道路の料金が1150円。少し高過ぎないかい。

 途中の見晴台で眼下の保津峡を眺めたが、昔、東海二君が京都に住んでいた頃に、二人して当ても無く山陰線の保津峡駅で無為の時間を過ごした思い出が蘇って来た。懐かしい景色。保津峡を見ようなんて海二君を誘って出向いたものの、歩くのが億劫になり、次の電車が来るまで駅のホームでぼんやり渓谷を眺めて過ごしたひと時。無駄に終わった一日を久し振りに思い出した。

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2009年5月 9日 (土)

桂離宮を拝見

 高野山を後に、みのる君とカミサンはかつらぎ町へ下った。そこで夕食(アルコールを呑めないのはシンドイ)。無鉄砲な二人は宿など予約していない。はなから車中泊を決めているから、さて、何処で休もうかなどと呑気に会話しつつ、とりあえず京都方面に向かって再び国道168号線を北上。いい加減走った所で道の駅「大和路へぐり」に到着。ここでしばらく仮眠しよう。他に何台もの同類の車が止まっていた。時はすでに夜の10時過ぎ。自宅からちょうど1000㌔の地点。随分と走り回ったものだ。

 この道の駅は信貴山の東、竜田川の近く。斑鳩にも近い。昼間であればカミサンが興味を示すだろう地名ばかり。きっと周辺探訪を強請したに違いなかったが、生憎カミサンは助手席で惰眠をむさぼっている最中だった。

 数時間の休息で目が冴えたみのる君は再び車を動かし、ひたすら北進。明け方には京都市内に入り、ナビをみると桂離宮の近くを走っている。予約申込しないと決して見ることの出来ない桂離宮。せめて周囲だけでも見ておこう。横で寝ていたカミサンを起こすと、「桂離宮」の一言でしっかり目覚めた。是非見ましょう。

 二人は桂川の土手に車を止め、高い塀で囲われた桂離宮を外から拝見。公園には朝の散歩を楽しむ人たちがいた。河川敷では朗々たる声量を誇る歌声も聞こえていた。年寄りは朝が早いな。みのる君は相変わらず無駄口を叩く。そして、一応、離宮入口で記念撮影。いつかは中に入ってみたいね。和辻哲郎の「桂離宮」は面白いぜ。みのる君は昔読んだ記憶を辿ってカミサンにウンチクを語る。カミサンは雁行のウンチクで切り返す。お気楽な旅行者二人は、近くのコンビニで朝食を調達して、北へ向かった。

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2009年5月 8日 (金)

高野山金剛峰寺

 熊野本宮で遅い昼食の後、国道168号線を北上。思うに、この国道は古事記、日本書紀に描かれた神武軍の進軍コースに違いない。熊野に上陸した神武軍が八咫烏の導きで宇陀へ向かう道。本宮から幾重にも重なる山々の縫って進む険しい道、狭い道。人里も少ない。みのる君は巧みに新車を操り、軽快なコーナリングを披露し、他車を寄せつけず(そもそも他車なんて滅多に見かけなかったけれど)、十津川村から野迫川を経由して高野山へ向かった。2時間半で隘路95㌔を走破。まぁまぁの記録かな。ちなみに、今回のドライブも全く渋滞には遭わず。みのる君の緻密なスケジュールと根性の賜物と云える。

 神武進軍の御世から奈良と熊野をつなぐ由緒ある街道にみのる君は関心を持っていたが、まさかこの古い道を短時間で走り抜けるとは思ってもみなかった。おかげで古代を味わう余裕は無かった。一度だけ小休止したが、眼前に広がる山並はまさに深山幽谷の趣きだった。

 今年3月、比叡山延暦寺を訪ねたのだから、せっかく紀伊半島へ行くからには金剛峰寺を逃してはいけない。天台宗と真言宗の総本山を見なければいけない。この単純明快な理由、物見遊山の最たる事由で、みのる君とカミサンは険しい道のりをものともせず、熊野から一気に高野山真言宗総本山金剛峰寺へ辿り着いた。寺の前の駐車場はすでにガラガラ状態だった。ちょうど受付が閉まる午後4時半直前に受付。ぎりぎり拝観時間に間に合った。

 大広間から梅ノ間、柳ノ間、枯山水の蟠龍庭などを拝見。閉館が迫っており、客も疎ら、あまり落ち着いて見る事も出来なかったが、せっかちなみのる君は足早に一巡、高野山の荘厳な空気を味わった。

 時間切れの為、その他の寺院は諦める。カミサンは金堂や大塔、大門の周囲を巡って一生懸命写真を撮っていた。Kouyasan

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2009年5月 7日 (木)

熊野古道逍遥

 カミサンは、常々世界遺産に登録された熊野古道を歩きたいと云っていた。辺鄙な山道を歩いたって何の面白味も無い。みのる君は冷淡にあしらっていた。

 今回の紀伊半島巡りを企画した際、カミサンは半日を古道散策に割きたいと強硬に主張、運動嫌いのみのる君は手を焼いていたが、直前になって、カミサンは他に目的を見出した為、半日苦行を取り下げ、ほんの少し古道を味わえれば良し、と柔軟な姿勢に転じてくれた。

 他の目的は、京都。折りしも細川元総理大臣の個展が京都で開かれている。しかも5月の連休でお仕舞い。この機会に是非拝見したいので、京都まで行って頂戴。熊野古道を半日も歩く位なら、京都まで車を走らせた方がよっぽど楽。みのる君は快諾してしまった。

 熊野古道は熊野三山へ通じる参詣道。平安の昔から熊野詣に利用された道。庶民に熊野詣が流行った頃は結構な賑わいだった由。今日では多くを国道に吸収され、昔日を偲ぶ道は数少ないと云う。主に6つのルートがあって、「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産になっている由。

 あらかじめ手頃なルートを調べてみたが、何処もいかにも厳しそうな道ばかり。不精者向けに短時間でいにしえを味わえるルートなんて無さそうだったが、熊野本宮大社脇に格好な古道(中辺路)がある由、本宮参詣のついでにちょっと歩ける範囲もあるみたい、みのる君は熊野古道のコースを本宮脇と決めた。

 今回のドライブでも、道々熊野古道の看板を見かけ、所によっては大勢の観光客が杖を片手に古道挑戦の姿を目にしていた。内心、相当難行苦行を強いられるかな、なんてハラハラしていた。

 さて、今回の旅行のメインイベント、熊野本宮を参詣した後、いよいよ古道を探したが、まるで見当たらない。おかしいな。その辺をウロウロ探し回ったが埒も明かず、やむなく一旦参道の急な石段を下って、探してみたが、やはりそれらしい道が見付からない。近くの店で古道を訊ねると本宮脇にあると云う。どうも見落としたらしい。再び、カミサンと勾配のきつい石段を上る。教えられた通り社殿の左脇へ行けば、確かに古道が北に伸びていた。案内板も無い。愛想がないね。カミサンと苦情を云いながら、ようやく見付けた古道に向かった。きつい石段を2回も往復していたから、みのる君はすっかりバテていたが、ここで諦める訳には行かない。カミサンに引っ張られながら、しばらく古道の雰囲気を味わった次第。すでに本宮を2往復して体力を消耗していたので、2、30分で万歳だ。他の古道人気スポットと違って、道行く人も少なかった。何組かの古道巡りの観光客とすれ違った程度。もう少し案内を充実して頂けると、初心者には有難かった。Kodou

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2009年5月 6日 (水)

熊野三山

 熊野三山とは熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の3つの神社の総称。紀伊半島には熊野三山あり。古事記、日本書紀に描かれた世界。この3つを是非見たい。みのる君にとって初めての紀伊半島巡りの第一目標。今回、念願叶って熊野三山を巡る事が出来た。

 潮岬へ行く前に熊野速玉大社に立ち寄った。ちょうど道すがらと云う事情。5時半と云う早い時間帯に車を止めたが、大社には清掃に精を出すご婦人方が大勢。ボランティアかな。あちこちからお早うございますと声を掛けられ、掃除の邪魔だったかな、みのる君とカミサンは大人しく境内を散策。

 潮岬を巡った後は、那智大社へ向かう。9時少し前に大社到着。すでに多くの観光客が訪れていた。さすが世界遺産。日本語以外も飛び交っていた。那智大社の駐車場に車を止め、きつい勾配の石段を上る。これが難行苦行。徹夜で運転してきた身にはちときつかった。カミサンはいたって元気。境内にある大楠木の「胎内めぐり」に興じる有様。はるか向こうに那智の滝が見える。日光の華厳の滝と似たようなもの。水が枯れる事なく落ちて行く。自然の摂理の方が余程不思議。近くの店で休憩。那智滝の水で作ったコーヒーを味わう。有難い、有難い。カミサンはぜんざいを食べる。胃袋は健在とみえる。

Nati  新宮市に戻って、今度は熊野川沿いに北上、熊野本宮大社を参詣。時は11時半。まもなく昼時。ここまで自宅から8百㌔を超える。以前に訪ねた出雲大社は自宅から888㌔。これに匹敵する距離。さすがに紀伊半島は遠い所だ。

 本宮も長い階段を上る。一睡もしていないみのる君には、いささかウンザリする道のりだが、カミサンの剣幕に圧倒されながら、やっとの思いで登頂。八咫烏の旗印が目に付く。愛嬌はあるけれど、古事記、日本書記のイメージじゃないね。Yatagarasu

 本宮はもともと熊野川中州にあった由。明治の大洪水で本殿が流され、現在地に移された由。大社前の蕎麦屋の主人が話してくれた。もともとの場所には大きな鳥居が建っている。近く(大斎原~おおゆのはら~と云う場所)だから是非観た方が宜しいと云うお勧めに従って、カミサンと見に行ったが、成程、高さ34㍍と云う巨大な鳥居が建っていた。鳥居の奥は静かな木立。暫時、古代の空気を味わった。

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2009年5月 5日 (火)

潮岬

 本州の内、みのる君が一度も足を踏み入れていないのは和歌山県と長崎県だ。いずれもみのる君が住む関東地方から遠い。いつかは訪れたいと思っていたが、なかなか機会はやって来ない。そもそも、自ら動かなければ何も始まらない。常々カミサンが熊野古道を歩きたいと駄々をこねていたこともあり、今年の連休は紀伊半島を目指そう、なんてことになり、仕事の終わった30日の木曜日の晩に自宅を出発。まず、本州最南端の潮岬へ向かった。

 高速道路をひた走り、名古屋から伊勢に抜け、高速道路の終点、紀勢大内山インターから一般道路に出たのは午前3時半。ここまでが7時間弱、一気に6百㌔㍍弱を走り抜けた。尾鷲、熊野を通過し、道の駅「パーク七里御浜」到着が5時過ぎ。かなり無茶したかな。生憎熊野灘はうす曇り。水平線の上の朝日はみのる君同様ぼやけていた。カミサンはアカシアの香りに気を取られていた。

 潮岬灯台到着は6時55分。時間が早いから、勿論、中へは入れない。しばし潮風に当たる。沖に白い船が幾つも見えた。近くに「望楼の芝」と云う広大な芝地があって、カミサンと暫時休息。本州最南端の景色を楽しむ。崖下へ降りたいと云うカミサンの提案は無視。体力は温存しておかねばならない。

 その後、弘法大師が天の邪鬼と賭けをしたと云う橋杭岩を見物。奇岩が並び、なかなか壮観。

Hasikui_2  みのる君にとって初めての和歌山県。いきなり紀伊半島最南端は相当ハードだった。高速道路の整備を期待したい所。

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2009年5月 1日 (金)

ただいま移動中

 恒例になっている連休の長距離ドライブ。今年もいささか無謀な計画を立てて猪突猛進。只今、第一の目的地に向かって、みのる君とカミサンは移動中。毎回、高速道路の深夜割引を活用してのドライブ。休みを取れない宮仕えの身の上だから仕方ない。夜間につき途中の景色を楽しめないのは残念だけれど、睡魔と戦いながら、新車のHDDに録音した600曲を超える音楽を堪能するのも一興。しばしパソコンを離れて、風光明媚を楽しもうと思う。

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