« ようやく一段落 | トップページ | おそろし雉子の声 »

2009年4月 8日 (水)

行く春を近江の人と惜しむ

 元禄3年(1690年)3月、47歳の芭蕉が膳所滞在中の句、 

 行く春や近江の人と惜しみける

 前書に「志賀辛崎に舟をうかべて、人々春の名残りをいひけるに」とある。近江の門人達と春を惜しんだ、と云っただけの句だが、「湖水朦朧として春を惜しむ」と去来の弁にある通り(膳所蕉門の尚白(しょうはく)が「近江は丹波に言い換えられる、行く春は行く年にも換えられるとケチを付けた所、去来がとんでもないと芭蕉を弁護した去来の自慢話~去来抄~)、琵琶湖の風雅を詠み込んだ句。語呂も良い。みのる君の好きな句の一つ。

 前述の「行く春や」は「真蹟懐紙」にあり、「猿蓑」では「望湖水惜春」と前書して、「行く春を近江の人とおしみける」となっている。改変しており、芭蕉自身も気に入っていたか。義仲寺の句碑には「芭蕉桃青」とあった。

Yukuharu  この時期、芭蕉は義仲寺の草庵を主宿にしていたが、4月になってから幻住庵に移った。

|

« ようやく一段落 | トップページ | おそろし雉子の声 »

コメント

この句には中学校か高校で出会ったと思うが,それから55年以上経っている。折に触れて思いだすが,「近江の人と惜しみけり」と覚えてしまっていた。長い間,この句の作られた状況を知らずにいたので,旅の途中で近江の人と会い,去り行く春を惜しんだ,と解釈していた。それならば,「けり」でもよいと思うが,実際はそうではなかった。

氷解であれば幸いです。
芭蕉の近江門人達への挨拶も含まれているのでしょう。 (稲)

投稿: 高橋 純夫 | 2009年10月16日 (金) 09時00分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« ようやく一段落 | トップページ | おそろし雉子の声 »