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2009年3月の記事

2009年3月29日 (日)

ありがたい高速料金値下げ

 カミサンを京都まで送って、その足で倅の引越し手伝いに新潟へ行き、荷物を積み込んで帰宅と云う一周1640㌔の壮大なスケジュールをこなしたが、休日高速料金の値下げの恩恵をたっぷり頂いた。感謝だね。

 予想通り、北陸道はほとんどチェーン規制の最中。新潟の倅から規制区域の情報を貰いながら、京都東から新潟へ向かうコースを考えた。普段であれば、北陸道をひた走りで済むところだが、生憎の雪道。折角の高速道路をノロノロ走るのは身体に悪い。中央道から長野へ抜け、上信越道で上越へ向かい、そこで北陸道に入るコースが次善の選択だが、長野以北はチェーン規制と云う。更埴までは規制無しとメールの情報を頼りに、更埴から上信越道を南下、関越道に入ってから北上すると云うコースに決めた。

 関越トンネルを抜けると雪道、チェーン規制だったが、スタッドレスのお陰で面倒な作業も無し。昔、仕事先へ向かう途中、何度かここでチェーンを装着した事があったが、隔世の感だ。見れば、今でも、結構チェーンを巻き付けている車も多かった。一面真っ白の道路だったが、無難にこなして新潟へ着いた。

 京都東から新潟西まで、通常料金は10950円。27日の19時過ぎに京都を出発して、途中休憩しながら、高速料金値下げ初日の早朝に到着したから、勿論、新しい料金システムの恩恵に与る。わずか1050円(50円分は一部適用外の京都東の所為)だった。通常の1割にも満たない。新潟から関東地方までが1000円。4000円以上も安かった。料金値下げ万歳だ。

 ちなみに、カミサンを京都へ送る際は、規制を避けて、遠回りの圏央道、中央道経由を利用したが、諏訪湖辺りは吹雪いていた。積もる程では無かったので、規制は無し。ホッとした次第。観光も兼ねていたので大津で降りたが、ETCポイント還元の恩恵にも与り、650円で済んだ。普通であれば1万円を超える所。

 今回1640㌔の2晩強行行程の高速料金は、しめて2700円で収まった。通常料金の1割分。料金値下げ万歳のドライブだった。

 雪道のストレスもあってカミサンを迎えにいくのも億劫になり、カミサンには電車で帰って貰う事にした。本日は休息。

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2009年3月26日 (木)

参ったね

 参ったね。先程、気になって高速道路情報を見たら、あちこちがチェーン規制だ。明日も日本海側は雪模様の予想。出掛けるのはよそうか、なんて考えてしまう。

 雪道が苦手って訳では無い。交通の混乱が苦手なだけ。だから、極力、冬のドライブは自重してきたが、今回ばかりは先延ばしするような事でないから、大変。5百㌔の移動にどの位時間がかかるのだろうか。気が重いけれど、カミサンは利休忌を楽しみにしているし、倅はアパートを引き払わなければならない。悩むより、行動あるのみ。無事成就を祈るしかない。

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2009年3月25日 (水)

春先にスタッドレスタイヤ購入

 前々からこの週末は休みを取って飛び回る計画を立てており、高速道路値下げの恩恵に与る目論見だった。ところが、天気予報では今週は冷え込み、北国は雪のマークが出されており、どうも積雪対策が必要みたいな雰囲気。春先の雪だから積もる心配は無いと思うけれど、高速道路が規制されては動きが取れなくなる。

 やむなく買ったばかりの新車にスタッドレスタイヤを装着(余計な出費だけれど、止むを得ない)して準備万端整えた。値下げの恩恵が消えてしまうが、これも止むを得ない仕儀。

 しかし、春先になってスタッドレスタイヤを買う破目になるなんて、思ってもみなかった。これも家族思いのみのる君の太っ腹なところか。

 今週末はカミサンを京都まで送迎し、その合間に倅の引越し支援。多分、2500㌔は走るだろうな。もう一日早く高速料金が下がってくれれば、恩恵はもっと大きかった。これも借金人生を生きるみのる君の運命かしら。

 もっとも、ETCポイント還元のお陰で京都まではタダ同然になるから、不満は少ない。値下げ前夜の高速道路はガラガラ状態だろうから、きっと快適に走れるだろう、なんて楽しみにしている。

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2009年3月23日 (月)

卒業

 6年間遊学の徒だった息子がめでたく卒業式を迎える。きっと最後の日は仲間たちと徹底的に呑み明かすのだろう。それも良し。つかの間の自由も本日が大団円。

 大学は問題解決能力を身に付ける所でもある。成果はあったのだろうか。ちょっと気がかりだけれど、学会で場数を踏んだようだから、まずは安心かな。

 長いようで短い6年間。いよいよ帰郷するが、留守中の息子の部屋はカミサンの荷物が占拠している。アパートを引き上げてくるが、荷物を収めるスペースも乏しい。居場所確保が大変だ。

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2009年3月21日 (土)

鬼のかく乱

 みのる君のカミサンが珍しく寝込んでしまった。細身の体ながら頑丈に出来ており、滅多なことでは寝込まない(お得意の居眠りは別として)。珍しいこともあるもの、鬼の霍乱だ。

 みのる君が出勤前、お腹でも壊したかしら、なんて云ってトイレに駆け込んでいたカミサンから、仕事中に、今晩は何処かで弁当でも買ってきて、とメールが届いた。気になって、仕事が終わった所で電話してみると、憔悴の声。何か弁当に注文でもあるかと訊けば、お粥がほしいと云う。他は何もいらない。随分と弱気。

 コンビニでおにぎりとインスタントのお粥を調達して帰宅してみれば、一日中寝ていた由。何も食べていない。熱もある。こりゃ、インフルエンザかな。ただの胃腸炎よ。カミサンはみのる君の見立てを否定する。医者へ行ったか、薬は飲んだのか。訊ねれば、いずれも否定。医者なんか行かない。薬なんか飲まない。じっとしていれば、きっと直る。寝過ぎて、腰が痛いだけ。すっかり弱っていたけれど、相変わらず意地を張っていた。

 娘が小学生時分だったかな、39度以上の熱を出してしまった。多分、インフルエンザだったと思う。しかし、学校を休ませたが、医者には連れて行かなかった。医者へ行くだけでも大変なのに、待合室で苦しい思いをしながら長時間も待たされるは辛い。いっそ、自宅で横になっていた方がマシ。医者へ行くメリットは少ない。彼女の持論。医者嫌いのみのる君も同意見だ。結局、自宅療養。

 安静にしていれば、いつかは直る。ウイルスと戦う力を付けなければ駄目。風邪になるか、胃腸炎になるかは侵入したウイルス次第。カミサンの理屈のお陰か、みのる君の冷淡さの所為か子供等は比較的逞しい。息子が異郷で盲腸になっても付き添う配慮もせず、一度見舞っただけ。冷たい親だったかな。

 一晩苦しんだカミサンだったが、翌日の晩帰宅すると、茶事の準備をしていた。

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2009年3月19日 (木)

水戸の偕楽園

 水戸の偕楽園を見たい。昔からカミサンの口癖だった。水戸までの道路は渋滞が激しい。仕事で水戸の北まで何度か車を走らせた経験があるから、みのる君はいつも渋っていた。栃木県の佐野から水戸方面へ向かう国道50号線はいつも渋滞している。道路が無茶苦茶渋滞する所なんぞ、誰が行くものか。ずっと拒んできたが、昨年末、東北自動車道と水戸までの北関東自動車道がつながった由を聞き、新車慣らしに走ってみようか、なんて気になった。ちょうど梅祭りのシーズンよ。是非、行きましょう。カミサンは即座に賛意を表明した。

 ナビの地図を見ると、偕楽園の南にある千波湖畔に徳川光圀公像がある。ここを目的地にセットして去る日曜日早朝出発。東北自動車を走って、栃木ICの先で北関東自動車道に分岐、新車は快適だね、颯爽と走る。ナビの指示に従って、茨城町東ICから一般道路へ。8時20分、目的地の光圀公像前到着。黄門様のお出迎えだ。その脇の駐車場へ車を止める。9時前だから、客もそれ程多くない。駐車場は半分程埋まっていたが、未だ駐車スペースがあった。

 千波湖には白鳥が優雅に朝のスイミングを楽しんでいる。芝の上で準備体操している黒鳥もいる。駐車場から偕楽園までの道のりは出店が準備に追われていた。観光は朝一に限るね。ぞろぞろと偕楽園に向かう人ごみに交じって歩くが、混雑と云う程では無い。東門から念願の偕楽園に入場。梅は盛りだった。人も多い。しばらく園内を散策して、徳川斉昭公が建てた好文亭に入る。ちょうど開館時間だった。広くて立派な建物。カミサンは屋敷内をじっくりと見て歩く。せっかちなみのる君はさっさと一巡、三階の楽寿楼からしばらく偕楽園内を眺めて過ごす。次々と観光客がやって来る。さすが黄門様のご威光だね。

 それから吐玉泉と云う湧き水を味わい、近くの東屋でヨーグルトを食し(カミサンの嗜好のご相伴)、大杉林と竹林の間を縫って表門へ。そこから再び梅林を歩く。色々な種類の梅が咲き誇り、カミサンは目を輝かせている。我が家にもある白加賀が目に付く。烈公梅や虎の尾、思いのまま、実生野梅、大盃等々。みのる君には同じように見えてしまうが、カミサンはいちいち足を止めては、成程、成程と感心している。梅の香りがステキ。臭いを嗅いでは喜んでいる。彼女のウンチクを聞くが、馬の耳に念仏さ。

Imga0708  3時間程散策。御成門から東門へ向かう頃は観光客が随分と増えていた。土産物店は客で一杯状態。カミサンは茶菓子を購入。駐車場へ戻る途中、好文茶屋で昼食。梅そばを味わう。

 次は弘道館へ向かう。徳川斉昭公が創設した文武両道の学校。日本の伝統を守れと云う主旨。建物が立派。梅も立派だった。

 ここで孔子廟と楷の木を見る。昨年来、孔子廟と楷の木に縁がある。こちらの楷は少々貧弱だった。孔子廟は戦争で消失、再建されたものだった。中には入れなかった。

 帰り際、お店で黄門様の「印籠」を買った。タバコ入れにちょうど良い。この紋所が目に入らぬか。テレビを真似たら、カミサンの失笑も買ってしまった。

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2009年3月16日 (月)

発泡清酒を求めて

 日曜日の朝、日本テレビの「新ニッポン探検隊!」で群馬県川場村にある酒造メーカーを紹介していた。何でもシャンパンに似た発泡清酒を開発したと云う。見ていたカミサンが興味を示し、行って見たいと駄々をこねた。昔、子供等とキャンプに出掛けた川場村。久し振りに訪ねてみようか。あそこの道の駅は人気ナンバーワンと云うし。新車を慣らすにも都合が良い。尻の軽い二人は早速腰をあげた。

 高速道路はスキー客で渋滞しているに違いない。のんびり一般道路を走ろう。最新のナビもあることだし、裏道に強いみのる君は国道を一切使わず、ひたすら北へ向かった。全ての道は川場に通ずる。

 昼前、道の駅「川場田園プラザ」に到着。みのる君が用足しの間、カミサンは土産物を物色。リンゴ一袋を買い込み、生どら焼やそばかりんとうにも手を出し、あれも良いな、これも欲しいな、と味噌やらチーズやら、次々にかごに入れている。結局、支払いはみのる君に回す始末。気楽な性分が羨ましい。

 地図を見ると、すぐ近くにくだんの酒造メーカー、永井酒造がある。道の駅にもテレビで紹介していた「MIZUBASHO PURE(水芭蕉ピュア)」が置いてあったが、カミサンはメーカーで直接買いたいと云う。何処で買っても同じだろう。いや、メーカーなら試飲が出来る。運転手は呑めないぜ。私が呑むの。強気一点張り。仕方無く、永井酒造を目指す。

 道の駅から5分程度の所に永井酒造があった。お店もあって、確かに試飲も出来る。シャンパンと同じ瓶内二次発酵で造られたスパークリング日本酒「水芭蕉ピュア」を見付け、レジに持って行くと、テレビをご覧になりましたか、と聞かれた。みのる君と同じ動機の客が多いらしい。カミサンが近寄って来て、吟醸やら大吟醸の「水芭蕉」、「谷川岳」を眺めている。レジの女性が試飲してみますか、なんて余計な事を云うものだから、カミサン、莞爾として笑う。みのる君の見ている前で、6種類の日本酒を呑みやがった。レジの女性の講釈に相槌を打ち、舌鼓を打ち、どれもとっても美味しいですね、なんて、調子に乗っている。運転手は憮然としていた。店を冷やかした手前、水芭蕉の吟醸を購入。今晩が楽しみね。カミサンはすっかり陽気になっていた。

2009031512550001  帰路、カミサンは気持ち良さそうに眠ったままだった。

 勿論、その晩、みのる君は昼間のあだを討った。新車も快適だった。

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2009年3月14日 (土)

ホワイトデーに祝せんかい

 ホワイトデーの本日、ついに1000回目の記事をアップ。ひたすら自らの記録更新を続けて、連続記録を樹立。ほぼ千日間、原稿用紙でおよそ1100枚も駄文を書き続けた勘定。詰まらぬお喋りにお付き合い下さった方々へ感謝申し上げます。アクセスカウンターが3万を超えるとは思ってもみませんでした。

 さすがに1000回も続けると息切れもひどく、そろそろ潮時。目標達成を潮に、以後は気まぐれを決め込もうかと思う。独善的自我の発露も枯渇気味。連日記録は本日で打ち止めと致します。めでたしめでたし。

 新車を買ったことだし、春も近いし、「道祖神のまねきにあひて」奥の細道へ旅立った芭蕉にあやかって、あちこちドライブも良し(ETCのお陰でポイントが貯まって、しばらく還元セール状態。数百㌔はタダになるし、高速料金も下がるようだから、無茶苦茶走り回れそうな雰囲気)、世の中不景気だから、まず身を案ずるも良し、しばしペースを落としていこうと思っております。今後とも気長にお付き合いの程を。

 1000回万歳!!

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2009年3月13日 (金)

新車購入

 このご時世に新車を購入した。ミニバンだ。車中泊を厭わないカミサンと長距離ドライブを楽しむには、お手頃な広さ。11年もミニバンに慣れてしまった所為か、天井の低い普通乗用車に乗り換えるつもりは毛頭無かった。

 みのる君が初めて手にした車は中古のブルーバード。ボローバードと揶揄する程のボロさだった。当時、20万円もしなかったかな。それまでは1万円で買ったと云う軽自動車を借りて乗り回していたから、ボローバードで十分だった。なにしろ真冬にオーバーヒートする程くたびれた車だった。

 2台目はホンダの新車。発表直後の、アコードの親戚みたいな初代ビガー。クルーズコントロールが付いていたけれど、人間、不精になったらアカンと云う主義だから、ほとんどこの機能は使わなかった。3台目が中古のスカイライン。車の性能を100%引き出す運転(決して無謀運転とは云わない)を堪能した。

 4台目がトヨタのノア。一番長くお付き合いした車だ。家族であちこち走り回り、カミサンとはるばる九州まで長距離を楽しんだ。そして、この不景気な時期に買った車がヴォクシー。30年で5台。1台平均6年の使用期間。平均的かな。

 勿論、車の保険に入っているけれど、使ったためしが無い。わずか一回だけ、高速道路を走っていて、フロントガラスに小石が当ってひびが入ってしまい、初めて保険で修理。それ以外は皆無。免許証はゴールドだし、無事故無違反(運が良い)そのもの。立派なものさ。カネが無いから修理代や罰金を払う余裕が無い。いきおい、こまめな点検と安全運転(安全運転と云っても、自分に安全と云う意味の安全運転)を心掛けて、余分な出費を抑えている、と云うのが実際のところ。

 車は、要は気持ち良く走れれば良し。ピカピカに磨き、手入れに精を出すような性分で無いから、汚れなんか気にしない。動けば良し。でも、さすがに新車の内は気を遣っている。たっぷりローンを組んだから、そうそう粗末には出来ないし。とは云え、掃除は面倒だし。

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2009年3月12日 (木)

富岡製糸場

 この前、カミサンと群馬県冨岡市にある富岡製糸場へ行って来た。この製糸場は世界遺産登録(産業遺産)を目指しており、日本の近代化を推進した遺産として暫定リストへ記載されている由。前々から訪れたいと思っていた所。

 楽しみにしていたが、いざ訪問してみれば、期待を裏切られた感じでガッカリ。一人500円も払っているのに、見学コースが限定されており、好き勝手、自由気ままに歩けない。製糸場の歴史を紹介しているビデオを見なさい、それでお仕舞いと云った愛想の無さ。映画の予告編だけ見せておいて、本編はお預けと云った感じかな。しかも構内禁煙。写真公開も申請が必要の由。強烈な規制だ。

 建物内部に興味があっても、入れないのでは来た甲斐が無い。カミサンは熱心にビデオを見ていたが、その間にみのる君は呆気無く構内を一巡してしまう。見終わったカミサンと合流し、中には入れないぜ、と云うとカミサンも絶句。市営駐車場の料金が30分で100円よ。しかも離れているし。ひどいわね。せめて、駐車料金位タダにしても良いわね。同感さ。世界遺産登録を目指す位ならば、もう少しお客を大事にしなければ。二人とも興ざめの呈で退散した。

 帰路、駐車場手前のうどん屋に入り、久し振りにうどんを食す。それから貫前神社に立ち寄る。こちらは参拝自由。駐車料金も取られない。貫前神社の方が、よっぽど、世界遺産に推挙したい場所だった。

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2009年3月11日 (水)

合掌造り見学

 何年か前、カミサンと世界遺産の五箇山、白川郷の合掌造りを見に行った。今でも生活機能を果たしている古色蒼然に驚いた。集落内禁煙。これも世界遺産がゆえ。多少の不自由は我慢するしか無かった。

F040725g  その晩は飛騨高山に一泊。飛騨牛を食した翌朝は朝市を冷やかし、喫茶店のモーニングサービスを味わった。モーニングサービスのある喫茶店なんて何十年振りかな、トーストが美味かった。モーニングサービスも世界遺産に匹敵するね。

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2009年3月10日 (火)

奥只見シルバーライン

 昔、リョウさんと初めてこの道を走った時は驚いた。全長22㌔の道路のほとんどがトンネル。幅は狭いし、トンネル内に分岐点があったり、結構、スリルを味わえる道路だった。元々は奥只見ダム建設用の道路だったらしい。最近は映画にも使われた由。ドライブ好きにはお薦めのコース。但し、奥只見ダムが終点。土産物屋以外何も無く、リョウさんとドライブした折は、渓流釣りの車が走っていた程度だった。

 後年、家族と行ったり、お袋を案内したり、みのる君好みのコースだ。

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2009年3月 9日 (月)

尾瀬はこりごり

 子供等が小学生の頃、家族で尾瀬へ行った。山好きのカミサンのたっての希望だった。子供も大きくなったのだから、みんなでハイキングしましょう。カミサンは独身時代に尾瀬を訪ねている。二度も行くこたぁ無い。最初、みのる君は不承知だったが、熱心に勧めるものだから、仕方無く重い腰をあげた。

 9月下旬の早朝に自宅を出発。8時前に大清水の駐車場に到着。この先はマイカー規制中。自分の足に頼るしか無い。小一時間程歩くと一ノ瀬休憩所と云うお誂えのお休み処があった。ここで、みのる君はうっかりビールを注文、一気に呑んでしまった。新鮮な山の空気より美味い。これがいけなかった。休憩所の先はいよいよ難所の三平峠だ。鳩待峠から尾瀬ヶ原に向かった方が一般的だし、楽なコースの由だったが、事前調査もせずに、どっちから回っても同じだろう、なんて浅慮が災いをもたらした。三平峠はきつい勾配の上り道だった。途中から雨が降ってくる。アルコールも効いて来る。さすがに子供達は強い。さっさと先に行ってしまう。カミサンも子供を追いかけてどんどん行ってしまう。みのる君一人、真っ赤な顔で上る。下からは次々と健脚達がやって来て、みのる君を追い越して行く。

 散々な思いをして11時前に尾瀬沼に到着。カミサンと子供達は待ちくたびれていた。下でお父さんがバテていたぞ、なんて親切な登山客がみのる君の動静を家族に伝えてくれたそうだ。大きなお世話だ。それから、昼飯のおにぎりを頬張り、尾瀬沼を散策、長蔵小屋でコーヒーを味わってから下山。尾瀬は大勢の観光客、登山客で溢れていた。

 帰路は下り。みのる君も元気を取り戻す。そして、再び一ノ瀬休憩所で一休み。この際だから、再びビールを呑んでしまった。しかし、尾瀬はこりごり。二度と行くものかと思ったものだ。

 最近は体力保持も大事と云う防衛本能も働いているから、誘われれば足が向くかも知れない。

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2009年3月 8日 (日)

三島で酔っ払う

 昔、箱根のホテルで全国規模の大集会があって、事務方として職務に励んだ翌日の晩、折角ここまで来たから、昔の仲間に会おうなんて欲を出して、三島くんだりまで仲間を呼び出し、居酒屋でたっぷり呑んだ事がある。二晩徹夜騒ぎの仕事の後だったから、しかも相手が女性だから、良い調子で呑んでしまった。呼び出された方は大迷惑だったかも知れない。年に一、二度程度は東京で落ち合って呑んでいたけれど、たまには彼女の地元近くで呑むのも良し、なんて浅薄な考えだったが、仕事疲れもあって、又、これから田舎まで戻らなければならないし、夜道を彼女一人帰すのも危ないし、呼び出した手前費用はこっち持ちながら若干手元不如意でもあり、あまり深酒も宜しく無い、何だかんだ思案する内、結局、すっかり酔っ払ってしまい、駅まで彼女に送って貰う始末。夜中の新幹線三島駅はガランとしていた。

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2009年3月 7日 (土)

素潜りの魚取り

 学生時分、岐阜の山奥の小さな川に潜って、魚取りを経験した。先の尖った銛だかヤスで獲物を捕獲するなんて、初めての体験であり、二度と味わう事の無い冒険だった。

 夏休み、時間に無頓着な薫君の実家に遊びに行った折、近所の川に案内された。薫君はとんでもない山奥から上京した野生児で、田舎とは云え首都圏の平野部でバンカラに育ったみのる君のセンスとは大違い。魚は素手で掴む程の技量を持っていた。近所の後輩を引き連れて、冷たい川の中を魚を求めて、上へ上へと登って行く。真夏とは云え水は冷たく、深い山中、ヘビに怯えながら、みのる君は必死に付いて行った。時折、岩陰を覗き込んでは魚の気配を探る。小さいのがちょろちょろと泳いでいるのが見える。薫君は手にしたヤスですばやく突き刺す。魚の方が一枚上手。軽く身をかわして岩陰に隠れてしまう。初心者のみのる君には手に負えない。文化人には出来ない荒業。

 小一時間も川を行ったり来たりして、数匹を捕まえた。岸に上がって、火をおこす。串刺しにした魚を焼く。そして、程よく焼けた所で丸かじり。これは美味かった。獲ったばかりはさすがに新鮮だった。素潜りも新鮮だった。あいにく、魚嫌いのみのる君は獲った魚が何だったのか、すっかり忘れてしまった。美味ければ良し。極めて大雑把な文化人さ。

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2009年3月 6日 (金)

釣り嫌い

 エサに釣られる呑気な魚を待って、じっと時を過ごす。みのる君にそんな根性は無い。せっかちな性分だから、即座に答えの出ない遊びは応える。だから、太公望になれない(と、思い込んでいる)。

 昔、強引なリョウさんに誘われて、河原で糸を垂れたことがある。まず、エサを付けるのも気味悪い。可哀相だし。気持ちよく泳いでいる魚をエサで釣るなんて、失礼極まりない。文句を云いながら、しばしお付き合いしたが、しばらくして、突然、手応えがあった。糸が張りつめ、引っ張られる。おいおい、何か引っ掛かったぞ。みのる君は慌ててリョウさんを呼ぶ。大騒ぎして吊り上げた雑魚。確かに、釣れた瞬間は面白い。ぐいぐいと引っ張られる感触は爽快だった。

 以後、全く釣りの経験は無い。あの時の緊迫感は楽しかったが、所詮、偶然の産物。気長に糸を垂れる境地には無縁。あちこち車を走らせている方が性に合っているみたい。

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2009年3月 5日 (木)

将棋好き

 子供の頃、よく親父殿と将棋を指していた。相手は飛車と角抜き、二枚落ちにもかかわらず、まるで勝てなかった。純真な子供と狡猾な大人との違いか。ようやく対等になれたのは、高校生時分になってからだ。親父殿も息子を侮れなくなったと見えて、二枚落ちを止め、本気に攻めてくるようになった。こっちも真剣。10回やって、3、4回位の勝率を誇るようになったが、今度は多忙を理由に相手にされなくなってしまった。

 詰め将棋も好きで、雑誌の片隅に載っている詰め将棋に熱中していた時期もある。

 みのる君の子供が成長するに従い、やはり将棋に興味を示した。しばし相手をしたが、子供が飽き性だった所為かな、やがて、息子は関心を示さなくなってしまった。

 家族で天童を旅行した折、駒と将棋盤を購入したが、今では埃にまみれている始末。みのる君自身が将棋を指す余裕を見失ってしまったのかも知れない。

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2009年3月 4日 (水)

手品好き

 手品の類が好きで、時にはテレビのマジックショーを楽しんでいる。最近のマジックは物凄く進化していると感心する。

 子供の頃はトランプの手品を幾つかレパートリーにしており、友達や家族に披露していた。自分の子供が育ってきた頃は、ほとんどネタも忘れていたが、ネタ本を買って復習。時々、子供達に手品を見せていた。人が驚く様子を見るのが好きなんだなと思う。瞬間的に手に持ったカードを隠す技は今でも衰えてない。ちょっとしたサービス精神さ。

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2009年3月 3日 (火)

ケーキ好き

 期間限定ながらカミサンが再就職した。初出勤の晩、再就職を祝って、みのる君は仕事帰りにわざわざケーキを買って帰宅。初日から時間外よ、参った、参った。ブツブツ文句を並べていたカミサンがケーキを見るや、何、これ。目を丸くする。みのる君のご配慮さ。早速、頂きましょう。晩酌の後、二人であっと云う間に平らげてしまった。

 みのる君は酒好きのくせに、甘いケーキやチョコレートも好物だ。間食の習慣が無いから、滅多に口にする機会も無いが、目の前に好物が出されると、まず、遠慮はしない。すぐ手を出してしまう。

 昔、仲間たちと呑んだ帰り、喫茶店に寄ってミルクを頼んだ事がある。多分、魔が差したのだろうと思う。普段はブラックコーヒーしか飲まないのに、その日に限って甘い物に目がくらんでしまった。ところが、仲間たちとかなりの量を呑んでいた所為か、途端に目が回ってしまい、ほとんど動けない状態になってしまった。結局、仲間二人の肩に助けられて、何とか帰宅したが、翌朝、靴の先を見たら擦り切れていた。酔って歩けなくなったみのる君は、自宅まで引きずられていたようだ。酩酊の極致さ。以来、長らくアルコールに甘味厳禁を押し通して来たが、いつの頃からか、酒を呑んでもケーキが食べられるようになった。好きな事って、何でも克服してしまうものかも知れない。

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2009年3月 2日 (月)

パチンコ三昧

 東海二君が葉書にも出ていたが、その頃、みのる君も結構パチンコに凝っていた。開店と同時に店に入り、閉店時間まで粘っていたこともある。学校近くの店に入り浸り、講義が始まる頃になると、ここは俺の台だぜ、なんて目印代わりに台にタバコを置いて授業に赴く。この目印が絶大で、誰も横取りしなかった。呑気な時代だったのか。学生街の治安の所為か。度々打止めの快挙も味わい、これで喰っていこうか、なんて本気に思案した時期もあった。海二君と旅行中、金沢の駅前のパチンコ屋でひと儲けの欲に走って、乗るべき電車を遣り過ごした挙句、結局、散々な結果となったこともある。お陰で次の京都方面行きの電車到着まで随分と無為の時間を過ごしてしまった。学生街のパチンコ屋の景品には文学書なんかも置いてあって、みのる君の書棚には、戦利品の書物が今でも幾つも鎮座している。

 やがて、パチンコは手動から電動に変わった。ちょうど潮時。射幸心をあおるゲームに興味を失い、みのる君は二度と足を運ばなくなってしまった。

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2009年3月 1日 (日)

葉書に書かれた長文

 東海二君がみのる君に宛てた葉書をご紹介。限られた紙面に、珍しく小さな文字で愚にも付かない内容がびっしりと書かれていた。ただ、葉書にこれだけのボリュームを盛り込むのは貴重だと思う。メールで事足りてしまう昨今、たまには気合を入れた手書きの文章も大事だろうと思う。

 拝啓。お達者ですか、小生、先日、電話にて十三日頃帰省の予定とお知らせ致しましたが、生来の怠惰癖故か、フンギリがつかぬまま、為す術なく日を経るうちに、郷里より、ちょっとした用事を依頼され、二十一日頃迄、下宿の薄汚い四畳半に留まる破目にあいなりまして、小生の御帰還を首をなごうして、待ち望み、慢性となった欲求不満の顔と軀を喫茶店に運び、ふんぞり返って煙草を喫っているかも知れぬ君には、残念至極なことであろうと推察する次第でありますが、葉書という枠の存在のため、突如話が飛ぶのは止むを得ないことでありまして、小生、先日来、”扉”という題の、扉についての純粋に物理学的、人間学的考察を織り込んだ、近年稀に見る迷篇の完成を目論んで居りましたが、ふとした拍子に、哀れにも陥穽に落下し、汚水の中で美女とつるむがごとき得体の知れぬ混濁の中で、三島由紀夫の”仮面の告白”に対抗する”空白の告白”という、文学形式上の新な試みに憑かれ、想を練るうち、崩壊の予感に怯えるに至り、ついにペンを投げやり、無残な敗北感を持て余し、御存知、河原町今出川角のパチンコ店に傷衰の軀を運び、球技に熱中致しました所、見事、千三百円也を稼ぐことを得まして、身染めな憂ウツを蹴散らしたつもりになりまして、それ以来、無為な生活が再開されまして、我がツラ映す鏡には衰弱気味の憂き顔を見出すのみで”盛者必滅の理”といっても、小生は盛者であったことは唯の一度も無く、詰まり冴えないことはなはだしいのでありますが、これも身の因果(何の因果か?)と諦め、ひたすら、意識の革命を成遂げんとあがいて、想像力を鍛えることのみに専念しようとしても、世俗的な雑念が入り込む余地は幾らでも有るというわけで、結局、何の進展もないというのが実情であります。ところで君は”唱導文学”というのを知って居りますか、これ、日本文学概論の試験に出題された奴で、小生、皆目解らぬから、斜め後ろの美女に聞いたら、平家物語がその中に含まれるというので、滅法、平家について書きなぐってやったが、後で広辞苑で調べても載っていない、君、知っていたら教えてくれい、例の同人誌、幾つか読んだが、内容は最低、期待しない方が良かろう。

 せんじ詰めればパチンコの成果報告と質問。書くのは大変だったと思うが、読む方もしんどかった。

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