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大掃除も終わった

 みのる君宅は結構大きい。助っ人がいなければ、到底一日では大掃除が終わらない。子供等が幼い頃は、幼くても猫の手にはなったので、子供等を巻き込んで全員が役割分担で大掃除に精を出したが、近年はこの助っ人がいない。カミサンと二人だけでは骨が折れる。一気は無理なので、分割して実施するしか無い。だから、師走の週末は掃除に明け暮れる日が多い。北に面した坪庭周辺は風の無い穏やかな日にきれいにした。ガラスも磨いた。玄関を開けると、正面の嵌め殺しのガラス窓の向こうに坪庭が目に入る構造。初めての来客はちょっと感動する。この坪庭は吹き溜まりになっているから風が強いとガラス拭きもシンドイ。

 この前の日曜日は二階をみのる君が、居間をカミサンが掃除。この時は北風が猛烈だったが、めげずにガラス拭きを敢行。天井の煤払いもやって、さっぱりした。そして、たっぷり9時間(普段は5、6時間しか寝ない。昔は12時間の惰眠生活だった。9時間も寝るなんて、久し振りだ)も寝て目覚めた昨日は残っていた台所、図書室と茶室、居間のガラス磨きと玄関周りと庭掃除。最後に打ち水で仕上げ。

 幼い頃から家の手伝いではガラス拭きを担当し、ガラス窓を雑巾一つでピカピカに磨き上げる腕前を自慢していたみのる君だが、その力は衰えてしまった。最近は洗剤に頼る事も多くなった。多少の汚れには目を瞑る事も増えた。以前は、間抜けな鳩君がガラスに気付かず部屋に入ろうとして、みのる君が見事に磨いた窓に衝突する事もあったが、近頃は鳩君も学習して利口になったか、みのる君の磨きの腕が鈍ったか、ガラスに当たって、脳しんとうを起こしつつも、きまずく慌てて逃げていく光景を見ることもなくなってしまった。

 一夜飾りを嫌うカミサンが飾り付けに取り掛かったのは、すっかり遅くなってからだ。だいたい、大掃除と片付けを混同しているカミサンだから、手間がかかる。普段の掃除では手を出さない所をきれいにするのが大掃除だ。カミサンは整理整頓と勘違いしているから始末が悪い。半日以上も台所の片付けに懸命になっている。主旨が違うぜ。みのる君が口を挟むとむくれてしまう。結局はこっちにしわ寄せが来てしまう。晩飯が夜の10時だぜ。いい加減にして貰いたいね。

 先に風呂に入って、ようやく落ち着くぞ、と思ったら、そうだ、昨日お餅を買っていたの。切ってね。なんて、今頃云うかい。餅切りは毎年みのる君の仕事だから仕方無いけれど、すっかり硬くなっているぜ。切れない包丁を持ち出して、メタボ予備群の体重を最大限に活用、包丁に体重を思い切り乗せて餅を切る。不揃いの餅の出来上がりだ。

 毎年の行事ながら、大掃除は年々応えて来る。年々手抜きになっていく。やがては無精に支配され、何もしなくなるかも知れない。

 本棚を掃除していたら、カミサンが独身時代の文庫本が目に付いた。堀辰雄や石川啄木、小川国夫や後藤明生、プーシキン詩集や藤村詩集、芥川やら吉川幸次郎の「杜甫ノート」まであった。これまで気にも止めていなかったが、改めて見ると、ちょっと意外な感じだった。立原正秋の大ファンで、図々しく自宅まで押しかけて庭を拝見させて貰ったと云う逸話を誇るカミサンだが、若い時分は純文学に憧れていたのかな、日頃の言動からは想像も出来ない。もしかしたら、みのる君を選択した背景にこの憧れが潜んでいたかも知れない。みのる君は手軽な文庫本代わりだったか。

 閑話休題。除夜の鐘は108つ。この謂われについて、四苦八苦を足すと108になる(4×9+8×9)から、と云う説がある。大真面目に煩悩云々を説くより、四苦八苦と喝破する方が余程小気味が好いね。

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コメント

私もそうですよ、あるときは文学、あるときはお酒、女性は、色々なことに、若いうちは興味を示すものです。年をとったら、付け焼刃は自然と落ちて行きます。

意味深長なコメントを有難うございます。我が身のことのようでもあり…。慙愧に堪えないと言うべきか、賛意を表するべきか。悩んでしまいました。 (稲)

投稿: Bianca | 2008年12月31日 (水) 16時51分

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