天安河原
前々から高千穂は訪ねたい場所だった。神話の世界を自分の目で確かめたい。高千穂峡も見たい。今回の旅行の最大の目的地が高千穂。実際に訪ねて見れば、別段、他所の観光地と大差はなかった。ちょっとガッカリかな。
朝6時過ぎにホテルをチェックアウト。まずは念願の天岩戸神社へ向かう。蛇足だけれど、九州の信号って、色が変わるのが遅いね。ホテルの駐車場を出た所で赤信号に引っかかった。朝も早い時間だから、すぐに青になるだろうと思っていたけれど、さにあらず。車なんかほとんど走っていないのに、いい加減長い時間、カップラーメンが出来上がってしまう程の時間、ウルトラマンがそれを食べられないと地団太を踏み出す時間、赤信号のままだった。無視しようかと本気で思ったくらい。他でも悠長な信号に幾つも出合った。せっかちな人間には辛い神話の世界観。
天岩戸神社では西本宮が例祭当日で、屋台が準備に追われていた。まず、天照御大神を祭る東本宮を参拝。御柱になりそうな樹齢何百年とおぼしき見事な大木が無数天を衝いている。これぞ高千穂の財産だね。
次に西本宮を見てから、暫時岩戸川に沿って歩くと、やがて天安河原に着く。アマテラスが岩戸に身を隠した際に八百万の神々が対策を協議した場所。辿り着いた時、誂えたように朝日が岩戸川を照らしており、何となく神々しい。
東本宮にはウズメ(天鈿女命)の像も飾ってあり、近付くと神楽を舞うようになっている。神々が岩戸に籠もったアマテラスを連れ出す算段をして、ウズメが一役買った次第だが、胸をあらわにして踊るウズメを見て神々が笑うと云う古事記の一節を読むと、神楽と云うより、もう少し俗っぽい踊りのような気がしてならない。
ちなみに岩波文庫版古事記の一節は、「(ウズメは)神懸りして、胸乳をかき出で裳緒(もひも)を陰(ほと)に押し垂れき。ここに高天の原動(よよ)みて、八百萬の神共に咲(わら)ひき」とある。どう解釈しても神楽のイメージじゃない。「乳」や「陰」が出てくると、場末の何とか小屋を連想してしまう。もっとも、古事記は最初からおおらかに男女の営みを語っている(私には余分な部分がある、貴女には足りない部分がある、だから合せましょうと云うアッケラカンとしたイントロダクション等々)から、現代風に解釈してはいけないのかも知れない。
その後、高千穂峡を見た。午前8時にもかかわらず、すでに大勢の観光客で賑わっていたが、幸運にも何とか駐車出来た。高千穂峡の実際は写真で見る雰囲気と違って、意外に小振り。岩戸川でも同じような峡谷美が見られた。写真程でないね。カミサンも少し落胆した様子だった。
国見ヶ丘を回ってみようかと思ったが、時間に余裕がなくて断念。諦めが早いと後で後悔するけれど、この際やむを得ない。道の駅で土産物を物色。折角宮崎まで来たから、県知事の似顔絵が入った土産物が最適かなと思ったが、流行に乗るのも癪だから、高千穂の名前を冠した土産に落ち着いた。職場の連中の呆れる顔が想像出来る。何と無茶なドライブ。それとも尊敬の眼差しかな。
カミサンは神楽の面をかたちどった落雁を購入。さすがに目ざとい。茶菓子には目の色が変わる。
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