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2008年4月の30件の記事

2008年4月30日 (水)

大いなる西部

 1958年アメリカ映画。ウィリアム・ワイラー監督。グレゴリー・ペック、チャールトン・ヘストン、キャロル・ベイカー、ジーン・シモンズ等出演。壮大なスケールの西部劇謳歌の映画。船乗りと西部魂の対比もあって楽しめる映画。板子一枚下は地獄を生き抜いてきたと云う設定のグレゴリー・ペックの沈着ぶりが様になっているし、チャールトン・ヘストンのヨソモノを見下す態度も堂に入っている。

 終盤、牧童頭のチャールトン・ヘストンが自らの雇い主である牧場主と対立するシーンが見所。往々にして主人は傲慢である。主人が私憤に巻き込まれた部下達は如何に処すべきか。業を煮やしたチャールトン・ヘストンは敢然と主人の行動を批判し、戦線離脱を表明するが、主人は反省しない。諫言も空しい。彼の苦渋に満ちた選択が身につまされる。まるで日本の義理人情の世界を見ているような錯覚に陥る。義理人情に縛られていると、しばしばこの陥穽に近付くことがある。怖い話。

 4月5日、チャールトン・ヘストンが84歳で逝った。往年のスターの訃報に接すると、時の流れを身近に感じてしまう。昭和も遠くなりにけりだね。

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2008年4月29日 (火)

ジョン・ウェインはなぜ死んだ

 ちょっと古いが、広瀬隆氏の「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」(文藝春秋発行。1982年)と云う書物をご紹介。昔、これを読んで素直に納得してしまった。さもありなん。氏が展開する仮説には説得力があった。

 「『征服者』のロケ隊の機材のなかにガイガー・カウンターが一台あった」と云う。数多くの西部劇スターが癌で死亡している事実。例えば、ゲイリー・クーパー、エドワード・G・ロビンソン、スティーヴ・マックィーン、ヘンリー・フォンダ、ジョン・ウェイン等々。そして、アメリカネバダ州での核実験。これらから導き出された仮説。

 多くの事実を丹念に積み上げて仮説を展開しているので、成程、と感じ入ってしまう。この説が正しかったかどうか、寡聞にして知らない。当時は結構評判になったと思う。興味のある方はどうぞ。文春文庫版でも発行されている。

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2008年4月28日 (月)

花韮

 南アメリカ原産の花韮(はなにら)。これも我が家の庭に咲いている。カミサン好みでない。知らぬ内に顔を出して来た由。カミサンはほとんど無視している。椿を見て回ったついでに、これもカメラに収めた。小さな花だ。

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2008年4月27日 (日)

一休椿

 我が家の一休椿。カミサンと庭を一周したが、確かに色んな椿があって楽しめた。

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2008年4月26日 (土)

白薮椿

 白薮椿って珍しいのよ。カミサンの自慢。みのる君の知らない内に、いろんな椿を庭に植えたんだね。嫌味に聞えたかしら、カミサンは横を向いてしまった。

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2008年4月25日 (金)

蜀光錦

 蜀光錦。これもカミサンが大事に育てている。とは云え、手入れをしている風には見えない。坪庭の隅っこで放りっぱなしにされても、健気に生きている。

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2008年4月24日 (木)

春曙紅

 春曙紅(しゅんしょっこう)と云う椿。これもカミサンが大事に育てている。

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2008年4月23日 (水)

貴婦人

 庭を眺めていたカミサンが、いきなり嬉しそうな声をあげた。あら、貴婦人が咲いたわ。やっと咲いたのね。庭に植えた「貴婦人」と云う名の椿がようやく花を開いたと云う。カミサンは開花を楽しみにしていたみたい。椿には色々種類があると云う。カミサンはみのる君を庭に連れ出して、いちいち椿の解説をしてくれた。成程、結構色々ある。よく揃えたものだ。いくつかご紹介しよう。

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2008年4月22日 (火)

自治会の会計監査

 一年振りに500世帯を超える町内の自治会長から、自治会の会計監査を宜しく、なんて連絡を貰い、そうか、そう云えばそんな仕事があったっけ、と思い出し、休日、しぶしぶ会計監査に臨んだ。出金伝票と領収証、預金通帳を照合しながらの監査。2時間近くかかったかな。別段、問題は無いようですが、一枚、出金伝票の数字にミスがあります。一応、不備を指摘。みのる君は大雑把な性格ながら几帳面な面もあって正確さを求める。意外に細かい。修正を確認し、監査報告書に押印してお仕舞い。そして、先週末の自治会総会で監査報告して一件落着。任期は2年なので、来年もこの作業を務める。文句は云わないけれど、厄介な仕事さ。

 尚、本日午前8時から正午までサーバーのメンテの由。暫時コメントの受付が出来ません。毎度のことですが、ご了解下さい。

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2008年4月21日 (月)

加山雄三とワイルドワンズ

 カミサンが「ザ・ワイルドワンズ」の島君の大ファンで、加山雄三とワイルドワンズのコンサートが開かれると聞き付け、是非聴きたい、チケット代は私が出すから一緒に行こうなんてみのる君を強引に誘うものだから、久し振りにコンサートに出掛ける羽目となった。往年のヒット曲は大体知っているし、加山雄三の「海、その愛」はみのる君のピアノのレパートリーだし、「若大将」のファンでもあり、久し振りにエレキサウンドも良かろう、「ブラック・サンド・ビーチ」もナマで聴いてみたい、しかし観客は還暦過ぎばっかりだぞ、大合唱にでもなったら嫌だぜ、オンチには酷な話だ、などとゴチャゴチャ勿体付けながら、遠路カミサンとコンサート会場へ出向いていった。

 当日は生憎の雨だったが、やっぱり大勢の還暦過ぎから古希やら後期高齢者に近い人々が集まっていた。みのる君なんかは若い部類か知れない。ステージの目の前、前から2列目を確保していたカミサンだったが、目の前のステージ上には巨大なスピーカーが並ぶ。こりゃ見上げる格好になるから首は疲れるし、ベース音が按配良く胃袋を刺激して腹が減るぞ。相変わらず、みのる君は文句を並べる。そして、開演。

 たっぷり大音響のエレキサウンドに浸った。「ブラック・サンド・ビーチ」のリードギターをそつなくこなして、云うこと無し。若大将がステージを下り、客席に入り込んでサービス精神を発揮するとヤンヤの喝采。やはり若大将は若いや。カミサン風に云えばゴリツパッパだ。青いギターも背広姿も相変わらず。古希の若大将がアンコールで「君といつまでも」をご披露してくれたけれど、冷静に考えれば、若大将だから様になるのであって、これが余命幾ばくとおぼしき古希の好々爺が「死ぬまで君を離さないぞ」なんて口説いたら、ゾッとするだろうね。

 ワイルド・ワンズの懐かしのサウンドも堪能。「思い出の渚」だけで40年以上も活躍出来るなんて素晴らしいじゃないか。グループサウンズメドレーも歌ってくれて、サービスたっぷり。ドラムスの植田君がステージから飛び出して、客席を走り回る。カミサンの目の前まで来たけれど、間一髪、握手が間に合わず、カミサンは悔しそうだった。

 大合唱は「旅人よ」と「サライ」。入口で配られたパンフレットに歌詞が載っていたので、こいつは歌わせる気でいるな、と嫌な予感がしたが、見事に的中。でも、年配者ばかりの所為か、意外に静かな合唱だった。もっとも最前列に近かった所為もあって大音量が邪魔して、はるか後方の2階席の反応なんか聞こえなかった。

 あっという間に一時間半のライブが終了。ちょっと短かったけれど(これで前売7千円は高いぜ)、還暦過ぎにはちょうど良い。引き際が肝心。十分に楽しんだ。たまにはライブも良いかも知れない。

 沈思すれば、あの大音響が全てをカバーしているとも云える。あれだけ大きな音だから、少々のミスはご愛嬌で済んでしまう。済ませてしまう。成程。ヘタクソなリョウさんを誘って、昔取った杵柄を披露しようか、きっと音で誤魔化せるに違いない。などと一瞬考えてしまった。

 ステージ前の特別席だったお陰でロビーに出るまでに随分と時間がかかってしまい、グッズはすでにほとんど売り切れ。人ごみをかき分けて物色したけれど、めぼしいモノはなし。それでもカミサンはすっかりご満足の呈だった。何処かで夕食でも、なんて云ってくれたけれど、外は雨だし、このまま真っ直ぐ帰ろう。みのる君はロビーの混雑ぶりに圧倒されて、すっかり疲れてしまった。夫婦で初めて出掛けたコンサートだったけれど、寄る年波には抗い難い。良い記念になったわね。カミサンは島君を間近でご覧になったので、ご満悦のご様子。島君が演奏途中で首をかしげ、しばらくしてからスタッフを呼んでギターを替えただろう。ありゃ、チューニングがおかしかった所為だぜ。イントロでキーが狂っていた感じだったもの。みのる君が水をさすと、あら、そう、と軽く答えるのみ。カミサンにとっては、どうでも良い事だった。

 表に出た所で職場の部下(女史)の母上に会ってしまった。こりゃ、不味いぞ。みのる君の意外な側面がバレてしまう(隠すつもりはないけれど)。内心大いに慌ててしまった。これは、これは。思わぬ所でお会いしましたね。仕方なくご挨拶したけれど、予想に違わず翌朝女史に冷やかされた。

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2008年4月20日 (日)

ムスタキコンサート

 ムスタキが日本でコンサートツアーを行った際、みのる君には珍しく女性に誘われてコンサートを見に行った。同年代の女性ながら独身でない。コンサートに亭主でなく、何故、みのる君を誘ったのか。謎のままだったが、特別の意味は無かったのだろう。電話口で泣かれてしまった事もあったけれど、意気投合しており、結構、仲の良いお友達だったと思う。日本でちょっとしたブームを呼んだムスタキ。革新系の彼女が好みそうな歌手だが、みのる君には似合わない。でも、折角の機会だから、ちゃんとエスコートして、颯爽と出掛けたものさ。しかしながら、コンサートが苦手なみのる君(帰りの混雑が嫌い、無理に盛り上げようとする演出が嫌い、じっと座って音楽を楽しむ空気でない等々の理由)だから、会場の印象は残っていない。何となくフランス語で甘美な曲を聴いたと云う程度。

 その後、彼女とは随分と会っていない。何年か前、みのる君の親戚の葬儀に焼香に訪れたので、ビックリした。従姉に聞けば仲の良いお友達の由。世間は狭いなと恐れ入った。

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2008年4月19日 (土)

日野皓正コンサート

 東海ニ君の趣味に付き合って初めてコンサートなるものに足を運んだのが、日野皓正コンサートだった。当時、映画音楽でも活躍しており、評判のコンサートだったかと思う。積極的だったジャズ好みの東海ニ君に比べ、ロック派のみのる君はあまり乗り気ではなかった。だから、何となく引っ張られて行った観もあって記憶にほとんど残っていない。会場の盛り上がりも記憶にない。日野のトランペットより、むしろハイテンポなドラムばかりに耳を傾けていたと思う。東海ニ君は音楽面で当時の学生気質を体現していたのだろうな。彼に連れられてジャズ喫茶にも随分通った。強烈なボリュームのフォービートを聴きながら、コーヒーを味わう。東君得意のスタイルだった。後年、かのジャズ喫茶が健在だったので、カミサンと入ってみたら、客の顔を見てから古いレコードをセット、キズ付いたレコード盤の音を平気で流す店主に呆れてしまった。

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2008年4月18日 (金)

米穀通帳

 先般、金融機関の偉い部長と景気の話や時事問題を論じた折、話は勢いで昔話に及んだ。みのる君は小学校の修学旅行にお米を持参した記憶があるが、部長は如何に。ほぼ同世代ないしは若干先輩かと思って訊ねたが、そんな経験は無いと云う。みのる君の記憶が正しければ、小学校の修学旅行には自分用の米を持たされたはず。一合か二合だったかは覚えていないが、皆が持参したはず。いやいや、そんな経験はしていない。歳を確認すると、みのる君より少し若い。わずかの差でお米の持参制度が無くなったか。

 東京に初めて下宿した時は、お袋が米穀通帳を用意した記憶がある。米穀通帳をご存知か。くだんの部長はそれも知らないと云う。金融機関本店の部長職ともなると庶民の暮らしに疎いのか。そんな事は無い。自らが育った場所は山間部。米だけは困らない農家育ちながら現金収入に乏しく、サラリーマン生活を羨んだと云う。米に不自由していない生活では米穀通帳なぞ無縁だったのだろう。いや、そもそもそんな通帳の存在すら知らないと云う。みのる君だって、うっすらした記憶しかないが、配給制度から自主流通米への変遷位は承知している。年齢のギャップか不勉強か。みのる君は鼻白むばかり。帰宅してカミサンに問えば、やはり米穀通帳に記憶は無い。歳若くして独立独歩の人生を歩んだカミサンは、案の定、生活に無頓着、無配慮だったみたい。

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2008年4月17日 (木)

フッキソウ

 フッキソウ(富貴草)。高貴なイメージだけれど、踏みつけてしまいそうな小さな低木。我が庭の隅っこで大人しくしている。

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2008年4月16日 (水)

無邪気なトンネル作り

 子供時分、近所に一角がちょっとっした崖のようになっていた空き地があった。その崖に悪童共と横穴を掘ろうと云う壮大な計画が持ち上がって、みんな夢中になってトンネル作りに精を出した。結構、深くまで掘った記憶がある。数日かかったかな、子供数人が前屈みで入れる程の大きさの穴が完成した。早速、女の子たちも混じって、各自、家から適当なお菓子を持ち込んでの完成祝い。ワイワイガヤガヤ、賑やかに祝賀会を催したと思う。大人たちは全然気付いていなかった。つかの間の非日常。

 思えば無邪気で無茶な遊びだった。万一、作業中に地盤がゆるんで崩れていたら、新聞沙汰になっていただろう。土地の持ち主が管理不行届きで非難されたかも知れない。子供たちの腕力で穴が掘れた位だから、元は肥沃な農地だったに違いない。やがて、そこは建設資材置場になり、その後、豪華な住宅が建ってしまった。

 みのる君が幼い頃、家の裏の田圃で牛が耕す様子を見ていた覚えがある。みのる君が通った中学校が建設される前の荒地も記憶にある。そんなに古い時代ではない。町中に住んでいたけれど、周辺には田畑が残っていた。道行く馬の姿も覚えている。馬の糞を踏むと背が高くなるとか云った俗信に耳を傾けていた時代。いつの間にか自由に遊べる空き地も無くなってしまった。近所で子供等の賑やかな声も聞こえなくなってしまった。

 マンガに描かれる空き地には何故かしら、しばしば土管が登場する。懐かしい光景に違いないけれど、あれは一気に高度成長を成し遂げた戦後の象徴かしら。土管に入って遊んだ記憶もあって違和感は無いけれど、作者のノスタルジーかな。

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2008年4月15日 (火)

カイドウ

 我が庭の片隅に咲くカイドウ(海棠)。

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2008年4月14日 (月)

物価高騰

 この前、地元職業安定所の所長がいきなり訪ねて来た。上からの指示で緊急ヒアリングアンケートを実施している。ついてはご協力を。多忙ながら暫時お付き合いは厭わない。物価高騰や円高の影響について如何かと云う調査だったが、何故、厚生労働省が経済産業省のお手伝いみたいに物価問題を取り上げたのか詳らかでない。労働者の採用最前線に位置するハローワークであれば、物価高騰の影響も身近と云う訳かな。近々調査結果を公表すると云うが、所長自らが面接調査を担当する程重要なモノかしら。それに、面接調査が正確とは云えない。厳正な無作為抽出であれば少しは信頼性が高いけれど、新聞紙上なんかのアンケートを見れば、有効回答数はせいぜい60%。回答の4割は無回答か冷やかしの部類。当たらずとも遠からずで片付けてしまう。統計調査の実態なんてそんなモノだろう。4割無回答の内容も吟味した方が良い。面接調査とは云え、中にはみのる君みたいな偏屈だっているし、真面目に冷やかす輩だっている。無回答が減ずると云う程度の利点はあっても、信頼性の向上にはつながらない。

 鋼材が急騰している。以前は小幅な価格の上下が断続的だったが、最近は一気に3割も値上がりしている。産業の基幹部分を支える鋼材の急騰は産業全般に多大な影響を与えるかと思うが、あまり騒がれていない感じ。自動車のボディから建物や橋梁を支える鉄骨に至るまで鋼材が使われており、これが3割も値上がりしてしまってはたまったものではない。予算オーバー必至。需要の減退が目に見える。食料の高騰は生活を圧迫するけれど、基幹産業の停滞も一大事だ。大不況の招来も危ぶまれる。政権争いなんかにかまけていないで、しっかり舵取りして貰いたいね。

 物価高騰の影響は大なり。みのる君は端的な感想を述べた後は所長に質問。最近の雇用情勢は如何。求職者数は減少している。有効求人倍率って怪しいモンだね。調査項目とは無縁の話題ばかりに終始。さて、所長は面接調査の結果をどのように報告するのだろうか。興味津々と云った所。

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2008年4月13日 (日)

みのる君の絵心

 みのる君が小学生の時分、図画の時間にオーケストラの絵を描かされた。たまたま学校にオーケストラがやって来た後だったと思う。体育館でのコンサートの感想を絵に求めたのだろうね。クラスのほとんど全員がオーケストラの全体像を一生懸命に描いていたが、みのる君だけは元来のへそ曲がりで、バイオリン奏者を画用紙の中央に大きく描いた。多分、チマチマ描くのが面倒だっただけだろうと思う。ところがその後、他の連中の作品は戻されたのに、みのる君の絵だけが返って来ない。不審に思って先生に質すと、大層出来が良かったらしい。校長室に飾っておくことになったと云う。視点が大胆と評価されたみたい。光栄の至りかな。校長室に呼ばれた悪い連中がみのる君の作品を確認してくれた。教室に戻って来るなり、みのる君の絵が飾ってあったぜ、と有難い先鋒の報告を受けた。結局、みのる君の作品は校長室を訪れる父兄や悪童の目に晒されながら、卒業まで丁寧に扱われた次第。

 中学時代、校舎の屋上で風景画を描く授業があって、これもクラスの大方が遥かに望む山々を画用紙に写し取っていたが、みのる君は校舎北側にある民家の屋根と庭を俯瞰して描いた。これもみのる君の偏屈な視点を認めてくれたのかしら、しばらく手元に戻って来なかった。やはり校長室へ行ってしまった。

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2008年4月12日 (土)

空気が読めない?

 近頃は「KY」などと云う言葉が蔓延しているが、悪い兆候だね。その場の空気を読めないと云って、場違いな発言を揶揄しているのだろうが、背景には排他的な仲間意識が存在する。昔は村八分で片付け、残りの二分(葬式と火事)にはやむなく手を貸していたが、「KY」は村十分そのもの。全てを否定し、ムラから追い出してしまう。そんな意識が根底に感じられてならない。場違いな発言を許容する度量も土壌もない。狭い了見が仲間を縛り付ける。言い換えれば権力の一極集中を容認して、ボスの意のままに仲間が動いてしまう意識。いじめと同じ構造が他愛ない新語の陰に見え隠れしてならない。無闇に「KY」なんて云って、自らの無思考をひけらかす事はない。

 どんな社会でも声の大きい者の言動が幅を効かせているが、その大半は「KY」的発言で、周囲は困った奴だと苦笑している。ここで分別を無くすと社会が暴走を始める。マスコミも含めて、もう少し言葉の意味を咀嚼した方が良いだろうな。

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2008年4月11日 (金)

神代桜

 2002年3月、カミサンが用事に付き合って、桜の季節には少し早かったが、ついでに足を伸ばして日本三大桜の一つ、山梨県の実相寺の神代桜を見ようと云う計画を立て、着物姿のカミサンと出掛けた。

 日本武尊が東夷征定の折にこの地に留まり、記念に桜を植えたと云う由来。根回り13㍍を超える古木。季節外れながら、結構の観光客であふれていた。満開の頃は大渋滞だろうね。横に伸びた枝っぷりが見事。年季が入れば名木。やがては我が家の桜も近在で評判を呼ぶかも知れない。みのる君は云いたい放題を並べて巨木を鑑賞した。花吹雪ならぬ風花が舞って来たので、帰路が心配。峠で雪になったらエライこっちゃ。早々に引き上げてしまった。

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2008年4月10日 (木)

花の雲鐘は上野か浅草か

 貞享4年、芭蕉が44歳の時の句、

 花の雲鐘は上野か浅草か

 花曇りの日、遠くで鐘の音が聞こえる。あれは上野寛永寺の鐘か、浅草寺の音かしら。花見で酔っ払っていた時代とは趣きが異なる。喧騒から静寂へ。「古池」をモノにした翌年の句。音に拘泥し、やがては「岩にしみ入る」世界へつながっていく。

 芭蕉には桜を詠んだ句が比較的少ない。少ない中でも秀逸と誉れ高い句だが、発想は「いずれが菖蒲か杜若」の類いだろう。あえて二者択一を掲げて面白さを狙っている。音の世界を巧みに取り込んで、花見に興じる喧騒に一石を投じたか。

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2008年4月 9日 (水)

瓢箪斎と自らいへり

 延宝8年、芭蕉が37歳の折の句、

 花にやどり瓢箪斎と自らいへり

 花見で酔っ払う。清貧を気取って自らを「瓢箪斎」と云ってみる。磊落さを擬した句。時にはこうした心境もあって良い。酒は呑むべし。酔うべし。一工夫に力を入れていた談林時代の芭蕉の苦心の作だろうね。酒の成せる技か花に惑わされたか。花見の時期の酔狂。

 昨日の雨で我が家の庭一面が桜の花びらで埋め尽くされた。掃除が大変。車にもへばりついて、迷惑千万と云った感じだ。

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2008年4月 8日 (火)

姥桜咲くや老後の思ひ出

 漢文4年、芭蕉21歳の作、

 姥桜咲くや老後の思ひ出

 芭蕉作としては2番目に古い句。貞門俳諧時代。まるで品が無い。姥桜が老後に一花咲かせようとしていると云った意味。「思ひ出」は「おもいいで」と読む。まだまだ若輩者の気負いだけ。松江重頼編「佐夜中山集」に、伊賀上野松尾宗房名で入集。2句が入っているから、実力の片鱗が窺えるか。

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2008年4月 7日 (月)

花見

 昨日は花見。世間並みに満開を迎えた我が家の桜を眺めながら、カミサンとみのる君は広縁で花見に興じた。伸び放題の枝を大胆に切ってしまったから、貧相な桜になってしまったけれど、花見には十分。こんな枝っぷりじゃあ花見の茶会も出来ない。カミサンは不服だが、季節が過ぎれば無用の長物、近所迷惑、これで十分さ。時折、ヒヨドリかな、やって来ては桜の枝に止まってこちらを窺っている。近頃、朝の散歩でキジに出合わなくなったとカミサンがこぼしていたが、代わりにヒヨドリがご挨拶さ。こいつが桜の毛虫を摘まんでくれたら、助かるね。車にフンを落としてばかりの悪行でなく、少しは人様の役に立って貰いたいね。

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2008年4月 6日 (日)

白木蓮と桜

 我が家の桜も満開に近い。毎年、世間様の桜より少し遅めに満開を迎えるけれど、今年は世間並みに春を迎えた。白木蓮の白も鮮やかに彩りを添えてくれる。

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2008年4月 5日 (土)

星図好き

 みのる君は地図とか星図が好きで、用も無いのに衝動買いしてしまう事がある。ドライブには地図を欠かせないから有用と云えるが、星図なんかは日常生活に無用の長物と云える。

 天文少年時代の遺物に星図のベストセラー「全天恒星図」がある。今でも処分せず大事に保管しているが、中はボロボロ状態。あちこちの頁に書き込みが残っている。何月何日、メシエ天体(メシエと云うフランスの天文学者が作った星雲、星団、銀河のカタログ。頭に”M”を付ける。有名なメシエ天体には、例えばM31<アンドロメダ銀河>とかM42<オリオン大星雲>等がある)確認と云ったメモが随所にあって、結構熱心に観望していたみたい。この星図は6等星までしか載っていない。それが不満で、8等星までを載せていたソ連(当時)製の「ミハイロフ星図」が欲しくて欲しくて、とうとう出版社経由で手に入れた。思い込んだら命がけだね。紐解けば、当然の事ながら中身は全てロシア語。チンプンカンプンながら、星座名を頼りにロシア語解明作業に没頭した思い出がある。次に手に入れたのが、地人書館の「新標準星図」。これもその道では有名な星図。「全天恒星図」と同様、東京天文台の広瀬秀雄氏と日本天文学会の中野繁氏の手になるモノだから、2冊は不要に違いない。でも、欲しかった。どうも図面みたいなモノにこだわる性向があるみたい。

 圧巻は中野主一氏と太田原明氏の労作「天体観測星表」(1983年:2000年分点)。恒星の位置や明るさ、固有運動等を延々と400頁にわたって羅列しただけの星表。普段の生活には全く無用。何の役にも立たない。これも発売と同時に買ってしまった。

 先月買った「天文ガイド」4月号の付録に「観測星図」が付いており、今はこれを持ち歩いている。別段必要ではないが、双眼鏡と一緒に車に置いて、いつでもスタンバイ状態。人生、何が起こるか分からないから、念の為に用意している。これもこだわりかな。

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2008年4月 4日 (金)

惑星や月面観望

 安物の反射望遠鏡でも口径が10㌢もあれば、そこそこ惑星観望を楽しめる。火星のリングも見えるし、木星の縞模様も何とか判別出来る。とは云え、望遠鏡の視野の中央に小さく見える程度だから、多少訓練しないと見落としも出て来る。

 子供達が幼かった頃に教育の一環で見せたが、関心が薄い。以来、惑星観望もしなくなったが、昔は結構熱心に見ていた。木星の模様はスケッチしたし、月面のクレーターはノートに丹念に見たままを描いていた。陰影をじっくり見れば、意外に凸凹が多い。月面には、アルプス山脈やらコーカサス山脈、コペルニクスやアルキメデス、ケプラーと云った馴染みの名前を冠したクレーターがあって、月面図を眺めているだけでも楽しめる。

 どう云う訳か、人類が月面に降り立ってから月面観望もしなくなってしまった。謎のままの内が花。男女の仲と同じかね。

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2008年4月 3日 (木)

流星観望

 何時流れるか分からない流星観望は忍耐が要る。毎年欠かさず正月のしぶんぎ座流星群を見るが、近頃は億劫さも出て来た。期待程には流れず、寒いし、薄着だとついつい消極的になってしまう。

 随分前、盛大なジャコビニ流星群が見られるとの前評判に釣られて、友人のリョウさんを誘って群馬県の赤城山の山頂まで繰り出した。一晩中、寝転がって星空を眺めていたけれど、まるで流れない。すっかり騙されてしまったと云う悔しい思い出。

 天体ショーは予想を裏切る事が多い。しし座流星群の極大も予想が曖昧。出る、出るって云いながら期待外れが案外多かったが、01年の時はもの凄い量の流れ星が流れた。カミサンと近くの空き地で観望したが、この時は唖然としながら、只見入るばかりだった。金輪際、あんな凄い流星群には出合わないだろうね。

 流星群は、母天体と云われる彗星の軌道に地球の軌道が重なった所で見られる。太陽の回りを回る彗星の通り道にたまたま地球の通り道が交差する地点が決まっているから、毎年、決まった時期に流れ星が多く見られる。彗星は太陽に近付くと、後方に塵を撒き散らす(写真で見る彗星の尾っぽ)。この塵は浮遊していて、地球が近付くと地球に引っ張られて落ちてくる。これが流れ星。宇宙空間には沢山の浮遊物があって、地球に近付くと落ちてくる。実際には毎日のように流れ星は見られるが、これは散在流星なんて云って流星群とは区別している。夜空を仰いでいると、季節外れにこの散在流星を見ることがある。この時は願い事を。全ての願いが叶いますように、なんて欲張ってもばちは当たらない。願う前に消えてしまう。

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2008年4月 2日 (水)

彗星観望

 以前にもちょっと触れたが、76年に一度しか地球に接近しないハレー彗星は、事前に綿密に軌道を計算して多分この位置にいるはずだ、と云う確信のもとで夜明け前、家族等を引き連れて小高い山の中腹で見た。予想通りの位置にあって、みのる君の計算能力の高さに自ら喜んだものさ。サイン、コサイン等の三角関数を駆使して観測地点の高度まであらかじめチェックして臨んだ軌道計算。子供等は幼かった為、世紀のショーに感動するはずもなく、親のエゴに付き合わされて眠そうな顔をしていた。

 百武彗星も家族知人等と近所で観望した。この頃は軌道計算熱も冷めており、天文雑誌の記事を参考にしただけ。ハレー彗星に比べ百武彗星の方は余程明るかったから、大した苦労もせず、しっかりと見付けられた。

 写真に収めればもっと鮮明に記憶したに違いない。無精者だから、見たと云う実績だけで満足してしまった。

 肉眼では若干面白味に欠ける。双眼鏡で見る星団の迫力や望遠鏡で覗く月面のクレーターや木星の大赤斑、火星のリングなんかはそれなりの感動はあるけれど、彗星や星雲はぼんやり景色だから、成程と云う感想で終わってしまう。星の世界はそんなモンさ。写真や映画みたいな光景は期待出来ない。天の法則に従って動く天体の几帳面さに感動するだけ。でも、印象に残った彗星観望だった。

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2008年4月 1日 (火)

カミサンの車がパンク

 日曜日。遠く離れた町で茶会が催され、お茶となると万難を排するカミサンは友人を誘って、颯爽と出掛けて行った。みのる君は相変わらず留守番。狭い場所での茶会だった由で、近くのお寺さんが駐車場となったらしい。一時を優雅に過ごして、さて帰ろうと友人を乗せて軽自動車を走らせたら、いつもと感触が違った由。何気なくバックミラーを見ると、駐車場で番をしていた茶会主のご亭主が慌てて追っかけて来る。不審に思って車を停め、ご亭主を待っていると、息急き切って走って来たご亭主がタイヤのパンクを教えてくれたと云う。カミサンにしてみれば初めての体験かな、どうしよう。困り果てた所を、ご亭主が近所のスタンドに交渉してくれて、新品のタイヤを取り寄せ、何とか修理完了。その間、友人を駅まで送り届けてくれたと云う。何と親切なご亭主。みのる君とは大違いだね。カミサンが自宅で茶会を開く時は、一切タッチしないみのる君とは雲泥の差。少しはみのる君も考えた方が宜しいかも知れない。

 更に。やっと直った車を走らせ、カミサンは留守番のみのる君の夕食を買う為に店に寄った所、みのる君の伯母さんに出会った由。最初は誰だか分からず、いい加減な相槌を打ってその場をしのいでしまった由。別れてから伯母である事に気付き、慌てて後を追ったが、時既に遅し。後の祭り。参った、参ったと云いながらカミサンは帰って来た。昨年伯父を亡くしており、近く一周忌だぜ。どうしよう。カミサンは困惑気味。人付き合いが多いのは分かるけれど、伯母の顔を忘れてしまったでは、格好付かないぜ。

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