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2008年3月の31件の記事

2008年3月31日 (月)

天体望遠鏡の選び方

 昔から天体望遠鏡に憧れながら、今日までまともなモノを手に入れたことがない。最大の理由は資金が無いことに尽きる。結構高価で、しかも比較的マイナーな趣味だから、なかなか手を出せなかった。

 みのる君が高校生時分、子供向けの工作キットを入手して、初めて星を眺めた時はビックリした。無茶苦茶なピントの合わない十文字みたいな星が見える。何だこりゃ。とんでもない屈折式。色消しレンズを使っていない安物だからやむを得ないとは云え、見事に期待を裏切られ、まんまと子供騙しに引っ掛かってしまった。改めて手に入れる程の余力はなし、何とか調整工夫し、辛抱しながら月面を眺めてはスケッチしたり、太陽の黒点を観測したり、基礎知識吸収に専念するしかなかった。彗星探しを本気に考えた時期もあったけれど、口径が15㌢のフジノン双眼鏡なんか、とってもでは無いが手が出ない。軽く100万円を超える代物。

 長じて双眼鏡と反射望遠鏡を買ったが、やはり安物買いの銭失い。月賦で買った双眼鏡は車に積んで、時には重宝しているが、反射望遠鏡(赤道儀付き~星を自動的に追っかける装置)の方は、肝心の架台が脆くて、一年程で微動ハンドルが駄目になってしまった。子供に星を見せてやろうと云う動機だったから、安いモンで妥協したのがいけなかった。

 天体望遠鏡は、まず架台がしっかりしていないといけない。華奢な作りでは星が揺らいでしまう。倍率なんか二の次で良い。200倍とか300倍なんて倍率を強調した宣伝文句に騙されてはいけない。全ては口径(対物レンズの直径)で決まってしまう。口径の2倍程度が適正倍率の限度。対物レンズが10㌢であれば200倍(100㍉の2倍)が目安。いくら倍率をあげても、月や惑星以外は大きくならない。星々は単なる点にしか見えない。倍率を上げると逆に視野が狭くなってしまい、面白味が無くなってしまう。

 対物レンズの焦点距離を口径で割ると明るさ(F)となる。焦点距離が1000㍉で口径100㍉(10㌢)であれば、F10。Fの数値が小さい程明るい。明るい程、星雲や彗星が美しく見える。

 限界等級と云うのがあって、肉眼では6等星まで見えることになっている。天体望遠鏡は口径で限界等級が決まってしまう。有効口径が5㌢の望遠鏡では11.3等星、10㌢では12.8等星まで見える。それ以上は見えない。架台の安定感と口径にこだわり、惑星を見るなら焦点距離の長いレンズ、星雲や星団を楽しむならば短い焦点距離を選ぶと良い。

 迫力たっぷりの星雲写真や銀河写真が天文雑誌なんかで紹介されるけれど、肉眼では見えない。写真のような映像を期待してはいけない。写真は全て長時間露光の成果。最近はデジタル技術が進化して、アマチュアも天文台並みの星雲写真が撮れるようになったが、いずれにしろ技術の勝利。これを期待して望遠鏡を買うと、必ず裏切られてしまう。

みのる君みたいな金欠病が清水の舞台から飛び降りると、大抵、銭失いの憂き目にあってしまう。時には妥協を拒否する勇気も必要だろうなと思う。

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2008年3月30日 (日)

国際宇宙ステーション観望

 ようやく国際宇宙ステーション(ISS)を見た。みのる君が住む町で、ISSが見える仰角が40度(少々上向きで空を仰ぐような角度かな。90度では真上でかえって見づらい。15度以下では大気の影響や市街の明かりや建物に邪魔されかねない)を超える日を心待ちしていた所、2日間程お誂えの日があった。こいつは楽しみだぜ。日が落ちて間もない時間帯ながら、曇っていなければバッチリ見えるに違いない。などと首を長くしていたけれど、あいにく2度のチャンスの内、最初は曇天。まるでアカン。最後の望みに賭けて空模様を気にしていたら、絶好の日和じゃん。雲一つない。さっさと仕事を切り上げて帰宅。見え始めの時間前には庭に出てスタンバイさ。そして、待ちに待ったISSをしっかりと見た。太陽の光を存分に浴びて音も無く移動する眩い光。高度400㌔の人工衛星のショータイム。一見の価値がある。ちなみに、「宇宙航空研究開発機構(JAXA)」のホームページで衛星の情報が見られる。

 みのる君が天文少年だった頃、エコー1号とか2号やパジオスと云った風船型の人工衛星が夜空を彩っていた。突如として現われて消える流れ星と違って、決まった時刻に見える人工衛星の輝きも棄てたものではない。バルブ撮影で軌跡を捉えて悦に入っていた。人工衛星に胸躍らせたのはそれ以来かも知れない。

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2008年3月29日 (土)

弁慶の悩み

 「醒睡笑」(角川文庫)から、ちょっとクイズみたいなお話を紹介。

 義経東国下向の時、一夜の宿を借られけり。弁慶、あるじの女房に、「子はいくたり候ぞ」と問へば、「てての子六人、母の子六人、合せて九人候」とこたへしを、何とも当座(即座にの意味)にあたらず。明の日(翌日)も案ずるとて、弁慶道を七里あゆみおくれたるとなん。

 (注)魏の曹操の「有智無智三十里」の故事(智恵のある者と無い者では甚だしく差がある。無智の者は三十里も歩かなければ智恵ある者の考えが分からないと云ったこと)を引用して、弁慶が答えに気付くまでに七里も歩いたとからかっている。

 ここまでが前段。父の子供6人と母の子供6人を足せば12人となるはずなのに、9人と女房が答えたので、弁慶はすっかり考え込んでしまった。以下、答えが続く。

 これは、ててに始めの腹の子三人あり。母にも始めの夫の子三人あり。今夫婦の中に三人出来たり。ててに別けてみれば六人、母に別けて見れば六人、されどもきはまりは(結局は)九人。「子は九人ある」と言はいで。

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2008年3月28日 (金)

紫木蓮(シモクレン)

 カミサンが近所で仕入れた紫木蓮。アップで撮ったら、カミサンから苦情が出た。こんな写真じゃ形が分からない、つまらない。みのる君の感性とは少し違うね。

Photo

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2008年3月27日 (木)

無常諸行

 久々に「醒睡笑」(角川文庫)の一節をご紹介。

 諸行無常を、無常諸行と書きたる卒塔婆のわきに、
   無常はといかなる人の諸行ぞや
         外は恥かしうちに立ておけ

  「諸行無常」と云うのが正しいけれど、どこぞのアホが「無常諸行」と引っくり返しに書いた卒塔婆を立てており、その脇にくだんの歌が添えられていた。「無常諸行」なんて書いた奴の所業が知れない。みっともないからしまっておけ、と云った意味。ここで云う「外は恥かし」の「外は」は、勿論「卒塔婆」を懸けている。「卒塔婆恥ずかし」とアホの御仁をからかっている。

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2008年3月26日 (水)

我が家の雛人形

 毎年、豆まきが終わり立春を過ぎると、カミサンは押入の奥から雛人形を引っ張り出して来て部屋に飾る。虫干しを兼ねているが、それから約一ヵ月半は飾りっ放し。娘が誕生で購入した人形だが、子供は一顧だにしない。そんなものだろうな。人形はそれでもじっと役目を果たしているご様子。

Imga0012  虫干しも終わり、ようやく撤去。カミサンは茶を一杯献上してから、一つ一つを箱に詰めた。押入に仕舞う段になると、みのる君を呼び付けて手伝わせる。何でも一人で仕上げようと云う気持ちはない。いつも他人を巻き込みやがる。片付ける前に写真を撮れなんて云うし、人の都合なんてお構い無しだ。

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2008年3月25日 (火)

メンテナンスのお知らせ

 本日午後3時から明日の午前中まで、データベースのメンテナンス。記事の更新やコメントの受付が出来なくなる由。悪しからずご了解の程を。

 カミサンが冷蔵庫の中から1ヶ月も賞味期限の過ぎた納豆を取り出して食卓に並べた。大丈夫かい。平気よ。カミサンは平然としている。食べたけれど、確かに全く問題無しだった。

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2008年3月24日 (月)

我が家の雪景色

 デジカメのデータをパソコンに格納し整理していたら、忘れていた一枚が出てきた。この冬珍しく我が家にも雪景色が出現して、これをカメラに収めていたっけ。すっかり忘れていた。

Imga0004  見慣れた庭が一変、何となく趣きがあるような、ないような。雪は雑多な地面のゴミを隠してくれるから良いね。

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2008年3月23日 (日)

カミサンの造語

 みのる君のカミサンは時々変な言葉を発明する。みのる君との間の会話であれば仲睦まじいで済まされるけれど、子供達の前でも、うっかりするればよそ様の前でも口に出してしまう事もあって、慌ててしまう。

 例えば、「タクワン」と云うお馴染みの食べ物。これは、「タクワワン」と称する。「ダイコン」は何故か「オダダイコン」と平然と言い放つ。「納豆」に至っては「納豆父さん」と余計な単語がくっ付いている。みのる君の感化を受けたかしらん、ちょっと頭脳回路がおかしいのかも知れない。「大事」は「デージコージ」と訛った上に「コージ」などと余分な言葉を付けた言い回し。トイレから出てきて、爽やかな「ウンチング」を吹聴する。お腹がすっきりしたわ。「簡単」は「簡単タン」に変化し、「立派」は「ゴリツパッパ」と褒め称え、よそ様が聞くと一瞬ギョッとする。「ダイヤモンド」は「ダイヤカモンド」に化ける。「羨ましい」は「うらまやしい」と舌を噛みそうな言い回し。「私のオズボボンがない」なんて云って、ズボンを探し回ることもしばしばある。本人は澄ましているから、本気で思い込んでいるのかも知れない。

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2008年3月22日 (土)

眼鏡のパッドが破損

 湯上がりに眼鏡をかけたら、どうも感触がおかしい。外してみれば、鼻当ての部分(パッドと云うそうだ)が割れていた。長く使っていたから耐用年数をはるかに超えてしまっていたのだろう。やむなくセロテープで応急処置をしたけれど、どうにも座りが悪い。翌日は日中不便さに耐えながら仕事をして、その帰りに眼鏡店に行って修理して貰った。ついでに視力検査を乞われる。無料の修理なのでしぶしぶ応じたが、元来の近視に乱視が進行しており、遠視も明白と云う三重苦の有様。そろそろ新しい物に替えた方が宜しい、と美人の店員に諭されると心動かされる。辛い所さ。視力は悪いけれど、資力もないから当分我慢しますと丁重にお断り。折角のご厚意は心に留めておきましょう。みのる君の素っ気ない返事にも美女はあくまで丁寧に応対してくれて、次回の免許更新の際は是非新品を、今のままでは更新はおぼつかないですよと太鼓判まで押してくれた。有難いご教示に感謝。参ったね。

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2008年3月21日 (金)

3月21日生まれ

 何気なく3月21日生まれの著名人を列挙したホームページを覗いたら、結構、大勢いるね。音楽方面ではかのヨハン・セバスチャン・バッハがこの日に生まれている。フーリエ変換で有名な数学者のフーリエもそうだ。サッカーでお馴染みのトルシエ監督の誕生日でもあり、ロナウジーニョも同じ日に生まれている。007シリーズの4代目ティモシー・ダルトンもこの日に誕生。春分の日前後は世界をリードする逸材が生まれるのかな。日本からも、きっと将来の大物が誕生するかも知れない。期待したいね。

 ついつい[生年月日(誕生日)データベース]のホームページに見とれてしまった。こんな情報を提供するサイトがあることも驚き。話のタネになる話。

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2008年3月20日 (木)

はた迷惑な運転

 先夜、仕事帰りに郊外の40㌔制限の道路を走っている時のこと。見通しの良い道路ながら、前の車がゆっくり走っている。何気なくその後ろにくっついたが、いやにスピードが遅い。メーターを見れば時速35㌔。日産の高級車にしてはモタモタとみっともない走り方だぜ。ところが、その高級車の前にもう一台。この先頭車両が実に呑気に走っている。高級車はじっと我慢して走っているご様子。追い越し禁止道路だから、無茶は出来ないし。バックミラーを覗くと、すでにみのる君の車の後ろに十数台が連なっている。全くはた迷惑な先頭車両。

 制限速度を守ることは正しい。これを几帳面に守る車には概ね二種類あって、一つは免停寸前。違反一発で免停を喰らうと分かっていると、自ずと正しい運転となる。もう一つは明らかにヘタクソ。自分は法律を守っていると自負しているのだろうけれど、周りの状況が一切分からない。自分の車の後ろに何十台ものイライラ運転手を控えさせても、非は自分には無いと思っている。イライラ運転手が無理な追い越しで事故を起こしても、自分には無関係と信じ切っている。事故原因を作っているとは気付いていない。困った御仁さ。

 ヘタクソかそうでないかは比較的簡単に見分けられる(と思う)。速度が不安定な車はヘタクソ。一定速度をずっと保つことは案外に難しい。パレードなんかで見かける要人を乗せた車は一定速度を堅持して走るが、大したものだと感心してしまうね。試しに時速20㌔でしばらく走ってみると良い。スピードの遅い速度を一定時間維持するのは難しいと分かる。ヘタクソは直線道路では強気、カーブは途端に弱腰の運転となる。気配り不足もヘタの要因。もう少し広く世界を眺めた方がよい。

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2008年3月19日 (水)

毎朝の献立

 30年来、みのる君の毎朝の献立は決まっている。トースト2枚(休日は3枚。若い頃は4枚ないし一斤)。マーガリンを塗って、ハムやレタスないしキャベツとトマトが一緒のサンドイッチ。それにリンゴ、バナナ、キウイ、季節によって柑橘類や柿ないしはイチゴも食卓に並ぶ。最低5品を確保すると云うのがカミサンの主義だから、結構賑やかなメニューだ。それとたっぷりの牛乳に紅茶。朝だけは必ず紅茶。休日は食後にコーヒーを1、2杯飲む。カミサンの実家に世話になっても、この原則を貫くから、頑固とも云える。旅行となると、宿泊はホテル優先。朝飯に洋食が多いと云う単純な理由さ。たまに和食になる場合もあるが、お替り3杯は平気で平らげてしまうから、カミサンは嫌な顔をする。胃袋は丈夫なんだろうなと思う。神経性胃炎の経験もない。朝飯だけはしっかり確保する。子供等にもそのように躾けたつもりだが、果たして実践しているやら。

 子供が小さい頃は朝の6時から一緒の食事を押し通して来た。せめて朝だけは家族揃って食事をしよう。健康の秘訣とも云える。朝食抜きが多いと聞くが、それでは力を発揮出来ない。まず腹に力を付ける。一歩表に出れば何が起こるか分からない。腹が減っては戦が出来ない。武士は食わねど高楊枝では戦に負けてしまう。楊枝で我慢出来るのは木枯らしの紋次郎位なものさ。

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2008年3月18日 (火)

木枯らし紋次郎

 市川崑と云えばTVシリーズの「木枯らし紋次郎」が出色だろうな。

 先日、同監督の「ビルマの竪琴」を観たけれど、紋次郎の名台詞、「あっしには関わりねえことでことでござんす」と突っ張りながらも、ずるずるとややこしい騒動に巻き込まれていく展開はすでに「ビルマの竪琴」に描かれており、これは市川監督のこだわりなんだろうと思う。

 他人との関わりを避けながらも、人道を外すことが出来ない。見て見ぬふりはしても、最後は非合理に憤然と対決してしまう。「ビルマの竪琴」の水島上等兵が目撃した同胞の野晒しを弔う意志と、救いを求めた弱者に手を貸してしまう紋次郎の困惑は軌を一にしている。犠牲者への鎮魂、不当圧力の告発と云ったメッセージ。一世を風靡した名台詞と長い楊枝は噴飯物だったけれど、結構楽しめたTVドラマだった。

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2008年3月17日 (月)

ザゼンソウ

 ちょっと足を伸ばして、カミサンと群馬県赤城山麓富士見村沼の窪まで、ザゼンソウ(村の天然記念物)を見に行ってきた。2年振り。今回は時期外れも感もあったが、駐車場には沢山の車が止まっていた。ちょうど昼時。管理棟で焼き饅頭やら手作りアップルパイやらを売っていたので、これを昼飯代わりにして暫時休憩。お茶は販売していないし、自販機も無いから、ちょっと不便。

 駐車場から整備された道を下ればザゼンソウの群生に出合う。見頃は過ぎていたが、渓流沿いの道をぐるりと一回りして、いい運動になった。

 ケータイで一枚080315_133328撮影。

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2008年3月16日 (日)

母とドライブ4000㌔

 父を失った母を気分転換を兼ねてドライブに誘い、およそ半年間で4000㌔も走り回った。

 海を見たことのない母を日本海まで引っ張り出して海水を味わって貰ったり、若山牧水の詩碑、志賀直哉の文学碑、藤村詩碑を廻ったり、松本城を訪ねてみたり、カミサンの実家まで案内したり、一日に500㌔も走ったこともあり、盛り沢山の計画だった。あらかじめ「あちこちドライブ計画書」を作って、「日本海を見よう」とか「何もないけれど奥只見へ行って見よう」などと目的をはっきりさせて、母に提示。ついでに大きな地図を買って、毎回戻ってからドライブしたコースを地図上に描いて、どうだ、参ったか、随分と走ったぞ、なんてドライバーの腕を自慢しながら、一人暮らしの母の話し相手になって、一時を過ごした。初めて観る名所旧跡もあって、その都度、父も一緒だったら良かったとこぼしていた。父の事が常に念頭にあったようだ。

 週末のドライブ当日の朝、実家を訪ねると、いつも準備万端整えた母が待っていた。息子が連れ出してくれるのを楽しみにしていたのだろうか。それとも気兼ねや遠慮もあったか。

 すっかり老いてしまった母との思い出。あちこちドライブ4000㌔から3年後に、母は父と同様に呆気なく逝った。幕切れは一瞬。別れの挨拶も出来ず仕舞いだった。独立独歩、わが道を歩んでさっさと幕を閉じてしまった。静かに眠り、そのまま目覚めぬ朝を迎える。羨ましい死出の旅かも知れない。

 「後期高齢者」なんてカテゴリーが生れた。原資が乏しいからと云って、訳の分からないカテゴリーを作り出すことはない。「後期」とは何ぞや。何を以って「後期」と決め付けるのか。おかしな区分だ。戦後の混乱期を懸命に生きた人々が専らその範疇に入る。戦後を必死に生きた人々に向かって、後期高齢者では失礼だろうと思う。命名者のセンスが疑われるってものだ。

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2008年3月15日 (土)

ビルマの竪琴

 先日、BSで「ビルマの竪琴」(市川崑監督。1956年版)を観た。カミサンが観たがっていたので、半ばお付き合いで拝見。戦争の犠牲者を弔う水島上等兵の一途さを情感たっぷりに描いているけれど、当時の心情としては頷けるものの、ちょっと芝居がかっていて緩慢。しかしながら、物語のクライマックスで「仰げば尊し」が効果的に使われていて、これだけで一見の価値はあったかな。

 戦後、何だかんだと云って煙たがられてしまった「仰げば尊し」だけれど、物語の必然としてこの歌が使われる場面を見れば、敢て否を唱えた人々も納得せざるを得なかったかも知れない。最近は「仰げば尊し」も見直されて、再び卒業式でも歌われるようになったと聞くが、素直に口ずさむ環境は大事にした方が良いだろう。この映画を観れば、頑なな気持ちもほぐれるのではないか。自らを育ててくれた師を尊敬することは当然。若い人たちにこの映画を見せるのも必要かも知れない。お仕着せや権威を批判することは大事だけれど、自然発生的に生れる感情を否定することはない。

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2008年3月14日 (金)

今日は宴会

 昨年5月から大騒ぎしてきた事業が完結。それを祝して宴会を企画。たまには盛大に呑もう。とは云っても、ホテルでの宴会だから若干盛り上がりに欠けるかな。それに、呑み放題の費用も高い。場所の選定を間違えたみたい。ちょっと気取って高尚気分を味わおうとすれば、どこかに無理が生じるね。

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2008年3月13日 (木)

月面風景のビデオ

 宇宙航空研究開発機構のホームページから「デジタルアーカイブス」→「ビデオアーカイブス」→「観測画像」→「月・惑星探査」とクリックしていくと、「かぐや」が撮影した月面風景のいくつかが楽しめる。時々、チェックしてみては如何。気分転換に宜しい。お好きな音楽をBGMに使えば、一分間の月面旅行を満喫出来る。

 みのる君が楽しみにしている直線壁はなかなか登場しない。

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2008年3月12日 (水)

自宅から通学

 下宿探しの費用で遊び呆けたみのる君は、しばし自宅からの通学を余儀なくされた。親も甘くないと云うことだが、身から出た錆ながら都心の学校までの電車通学は骨が折れた。電車で移動した距離はゆうに4万㌔を超えた。が、これも良い経験。朝一番の電車で通い、最終で帰宅することもしばしばあった。帰るのが面倒な時は友達のアパートに厄介になり、ひどい時は一週間程度も家に帰らず、着た切り雀状態も気にならず、友人の下宿を転々としていた。思えば乱暴な時期だった。親もあきれ返っていたに違いない。授業に顔を出していたとも云えず、専ら喫茶店で仲間たちとの論争を楽しんでいた。それとパチンコ、ビリヤード、麻雀にも凝っていた時期。自分の息子に説教出来る身分ではないかも知れない。

 4万㌔を超える電車通学のお陰で、少々の長距離旅行は苦にもならなかったが、いつの間にか電車とは縁遠くなり、近頃は電車の乗り方すら忘れてしまったみたい。移動は車に限る。時が経つと自然と無精になってしまうものかも知れない。

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2008年3月11日 (火)

日本の、これから

 先週末、NHKの学力についての討論番組を拝見。さまざまな立場の論客と一般視聴者が一堂に会してお互いの意見をぶつけ合って、「学力」の問題を掘り下げてくれた。面白いと云えば確かにその通り。しかし、所詮は噛みあわない議論。論点が曖昧だから、各自、自らの知識と経験の範囲内での発言に終始していた。適用範囲がそれぞれ違うから、噛み合うはずががない(最初の部分を見ていなかったので、確たることは云えないが)。現場の先生方のご苦労にも肯けるし、生徒側の主張も一理ある。一家言は良し。が、適用範囲の違いは如何ともし難い。生徒が先生を評価すると云う議論もあったが、知識や経験不足の生徒に判断を委ねる無謀さの議論が無かった。絶対評価なんてあり得ないとなれば、自ずと意図的評価の介在を認めなければならない。情報操作につながる危険性にまで言及していれば、もう少し白熱した議論になったかも知れない。番組の時間切れも残念。

 読み書きソロバンの基礎学力を身に付けさせるのは義務教育の範疇だと思う。後は本人次第。自分の人生をいかに生きるか。他人任せや責任転嫁でなく、自ら知識を求めるしかない。発想や想像力、知恵と云ったものは知識や経験が無ければ出てこない。番組中で、学力が無くても知恵が出るような発言をした論者もいたけれど、無から有は生じない。下地があって、初めて知恵が生れる。思い違いの発言だろうなと思う。

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2008年3月10日 (月)

春を求めて散歩

 昨日は風もなく穏やかな日和。カミサンと二人であちこち春を探して散歩を楽しんだ。のどかな田園風景が広がる畦道を、カミサンは春の小川を大声で歌いながら歩く。みのる君は素知らぬ振りをして歩く。カミサンは足元ばかり見ながら、みのる君は遠くの景色を眺めながら。話題は時にちぐはぐとなる。ここは送電線が交差しているね。みのる君が高い鉄塔を見上げて云うと、カミサンは土手下に可憐に咲いたイヌフグリを見付けて、ねえ、イヌフグリのフグリってどう云う意味か知っている、などと下らぬ事を質問しやがる。

 マクロとミクロの視点で春を求めた一日。たっぷり歩いた。

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2008年3月 9日 (日)

本屋でバッタリ

 仕事帰り、天文雑誌の最新号を買おうと本屋に立ち寄った。この書店は駐車場も広いし、夜10時まで営業しているから勤め人には重宝な存在。文学書関係も意外に充実しているから、月に一度は仕事の帰りに立ち寄っている。車を停めて中へ入ろうとしたら、丁度カミサンが出てくる所。バッタリ鉢合わせさ。あれあれ。カミサン、何やらバツが悪るそうな表情。先に帰って食事の準備をしておくね。いつもなら、みのる君の後にくっついて立ち読みに精を出すはずなのに、珍しくそそくさと行ってしまった。

 お目当ての雑誌を買って家に戻ると、カミサンは慌しく夕食の支度をしている。今日は仕事が早く終わったの。だから、久し振りに本屋さんに寄ったけれど、2時間近くも立ち読みしてしまって、気が付いたら、すっかり遅い時間。こりゃ、きっとみのる君がおかんむりだろうな。そう思ってあわてて店を出たら、まさか、そこにみのる君がいるとはね。びっくりよ。成程、カミサンの周章狼狽が顔に出たみたい。しかし、2時間も書店で時間を潰すなんて。時々、帰りが遅くなって、帰って来るなり急いで晩飯の準備を始める事があるけれど、その類いだね。バツが悪いから誠意を見せているつもりなんだろう。五月の連休にドライブするでしょう。一応、参考までに宿や評判のお店を紹介した雑誌を買ったきたの。ご飯が出来るまで見ておいてね。宿も決めなくっちゃ。カミサンの深謀遠慮。少し先走っているね。

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2008年3月 8日 (土)

夜行列車で広島旅行

 学生時分のこと。下宿を変えたいと親に申し出て新居探しの軍資金を借り、その金を持って広島まで遊びに行ってしまったことがある。広島の実家に帰る友人にお供して、一宿一飯の恩義に与る計画。

 午前の東京発の急行に乗って、夕方に京都着。そこで広島方面行きの夜行列車に乗り換える予定だったが、出発までたっぷり時間がある。折角の京都だから、何処かで呑もう。当時、京都岩倉に住まいしていた東海ニ君を駅まで呼び出して、東寺周辺の飲み屋で再会を祝して乾杯。突然の訪問で海ニ君は驚いていたが、普段からみのる君の破天荒な行動を承知していた海ニ君、同行の友人とも意気投合して、大いに盛り上がった。列車の出発時間を気にしながらも、三人で賑やかな一時を過ごした。これから、広島くんだりまで出掛けるけれど、帰りに又寄らせて貰うね。帰路も京都で途中下車して海ニ君に厄介になる手筈を整えて、再び列車に乗り込み、翌早朝、山陽の山あいの小さな駅に到着。東京から遥かに離れた地。こんなに遠く離れた場所から上京する友人の根性には感心しきりだった。

 ここで暫時逗留して、広島の原爆ドームや安芸の宮島等を案内して貰った。後年、仕事で二度程広島を訪ねたが、移動は毎回新幹線。仕事ともなれば一昼夜を棒に振るような贅沢は出来ないね。帰路は約束通り京都で途中下車、海ニ君の下宿に世話になって、あちこち京都見物させて貰った。

 家に戻ってから、勿論、親に叱られた。改めて下宿探しの費用は用立てしない、下宿暮らしは諦めろと宣告され、以後、実家から通学の羽目となってしまった。

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2008年3月 7日 (金)

容顔無礼

 芭蕉が24歳(漢文7年)の時の句、

 寝たる萩や容顔無礼花の顔

 駄洒落の句。美人を称して「容顔美麗」と云うが、起きている萩は美麗だが、寝ている萩の花とは無礼じゃないか。言葉青遊びに過ぎないけれど、「容顔無礼」と発想する所は、芭蕉も男なんだなと思う。顔立ちは美しい方が良いと云うのは古今東西男子の発想。今と同じだね。不美人を捕まえて「容顔無礼」なんて口走ったら、今ではセクハラで訴えられてしまうかも知れない。

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2008年3月 6日 (木)

水とりや氷の僧の沓の音

 芭蕉の「野ざらし紀行」(貞享2年。芭蕉42歳)に、「二月堂に籠りて」と前書して、

 水とりや氷の僧の沓の音

 奈良東大寺二月堂のお水取り(修二会~しゅにえ)を目撃した折の句。苦行を引き受けた僧侶達の祈願法要の迫力を凍りつくような寒さ、厳しさの連想と堂内に響き渡る下駄の音で表現している。東大寺のお水取りを見物した芭蕉の旅のエッセイみたいなものだね。

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2008年3月 5日 (水)

日本語のリズム

 若干古い書物だが、別宮貞徳氏の「日本語のリズム」(講談社現代新書。昭和52年発行)は、日本人のリズム感覚から独自の文化論を展開しており、一読も宜しいかと思う。普段、見過ごしてしまう視点から四拍子文化論を語っている。

 日本語は二音節が一単位となっている。例えば、英語の「スタート」は一音節なのに、日本語では四音節となってしまう。日本語の音節は極端に短くかつほぼ同じ長さ(等時性)に発音される特徴を踏まえた四拍子文化論。五七五は休符付きで4分の4拍子。日本人は三拍子が苦手なのは、「日本人の四拍子文化は、先祖が農耕民族だったからである」と述べ、韓国はじめヨーロッパでは圧倒的に三拍子が優位なのは、騎馬民族で動きに上下動が加わっているから、農耕のリズム感とは違う跳躍のリズムとなったと云う。

 和歌や俳句を読む時、この四拍子を意識してみると、成程、確かにその通りと感じ入ってしまう。

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2008年3月 4日 (火)

007はやっぱり初代が一番

 先週末、TVで「007」シリーズを一挙に10本も放映していた。全部を見る程時間的余裕はなかったけれど、時々にスイッチを入れては再見。最新作の「カジノ・ロワイヤル」だけは最初から見たいと思っていたけれど、晩酌の酔いが勝って、途中で寝てしまった。残念。すっきりと目覚めた明け方、番外編の「ネバーセイ・ネバーアゲイン」をじっくりと見た。やっぱり、ジェームズ・ボンドはショーン・コネリーが一番だね。

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2008年3月 3日 (月)

就職活動

 みのる君が就職活動の年は、前年までの売り手市場が一変して、買い手市場になってしまった。状況が様変わりして、不運不幸を味わった連中が多かった年だったかと思う。みのる君は、と云えば比較的冷静沈着、泰然としていた。いや、むしろ無頓着と云うべきか。積極的に会社訪問する気になれず、一発勝負で報道機関等を受験。相手の都合で不採用となったり、逸材を採用する太っ腹がいなくて断られたりしても一向に慌てず、毎日松尾芭蕉に没入していた。

 秋口になっても事情は変わらず。仲間たちはほとんど進路が決定しているのに、みのる君のみ自若として意に介さずの姿勢を保っていた。親は倅の行く末に口を差し挟むこともせず、静観していた。それが幸いしたか災いだったか、身の処し方は宙に浮いたまま季節が移ろった。結局、社会人第一歩は不本意な形で始まり、以来、幾つかの仕事を身に付けながら年を経てしまった。これも人生さ。

 背伸びや見栄っ張りなんか不要、規模の大小や給料の多寡なんかに拘泥することはない。自ずから道は開ける。採用する立場となって新卒者と接する機会が多くなったが、大抵うわべは面接官に見透かされてしまうし、型通りの返答は苦笑を誘うし、要は素直に自分をプレゼン出来れば良し、誰だって一度や二度の面接で相手の全人格なんか理解出来やしない、無理をしなさんな、と思う。もっと新聞を読んだ方が宜しい。しかも、複数の新聞を。事件一つを取っても新聞社によって扱いは違うぜ。何故、扱いが違うのか。新聞社の事情ってものに考えを及ぼす事が大事さ。色々な視点で物事を見ること、考えることが大事だろうと思う。それが、自ずと行動や言動に表われてくる。

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2008年3月 2日 (日)

のんびり休日

 毎週のように茶事に明け暮れていたカミサンが、昨日は珍しく家で大人しくしていた。そこで、二人して呑気に陽の当たる広縁で昼食とあいなった。外は相変わらず嵐みたいな強い風が吹いていたが、春めいてきたかな、広縁は長閑で暖かい。鳩のつがいが庭先のつくばいの水を飲みに来る。カミサンは大きな声で「どこかで春が生れてる」なんて歌い出す始末。いよいよカミサンの頭にも春がやって来たみたい。来し方行く末を語り、のんびりと午後の日差しを浴びた。夕方は久し振りにピアノに興じる。正月以来で、すっかり「カノン」を忘れてしまったい。

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2008年3月 1日 (土)

ようやく忙しい仕事が一段落

 昨年5月からずっとややこしい仕事に専念(でもないか。普段抱えている業務もこなさなければならないから、兼業と云った方が正しいかな)して来たけれど、ようやく先が見えた。年明けから昨日まではてんてこ舞い状態だったけれど、何とかケリが付いた。毎日12時間以上も職場にいれば大抵の仕事は片付くものさ。

 職場が忙しいと云うのは本来良い事だろうけれど、慌しいとミスも出かねないし、思考も働かない。それなりに、が適当な所だろうな。

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