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遺影がブーム?

 昨日朝のNHKニュースで、若い人たちの間でも自分の遺影を撮っておく事が流行っているような話題を流していた。今の自分を「遺影」と云う形で残したいと云う。わざわざ写真館できちんと撮って貰う由。ちょっとおかしなブームだね。

 そもそも遺影って、本人には全く無関係で、残された者たちのレクイエムみたいものだろうに。生前に自分の遺影を指定しておくなんて愚の骨頂だろう。指定された側、つまり残された家族や親族にとって、あらかじめ遺影を決められていたら、迷惑千万かも知れない。他人の困惑を顧みない自己満足そのものの感じがするね。無味乾燥とした背景の前で、気に入った笑顔の写真が紹介されていたけれど、個性も何もない感じ。長い人生の内のほんの短い、何十分の一秒を切り取った写真に自らを託すって、淋しい気もする。

 膨大な家族のスナップ写真をパソコンに取り込んでから、両親の顔だけを同じ大きさで切り取って、老境の両親の顔が少しずつ若返っていくように、パソコンの編集ソフトを使ってつなぎ合わせた事がある。老いた父の顔がだんだんと若くなっていく。やがて、独身時代の精悍な顔になってフェードアウト。母も同じように、よぼよぼの顔が徐々に若返って二十歳前の可憐な表情で終わる短い顔写真ストーリー。全てスナップ写真から切り取っているから、表情は豊かで自然のまま。遺影に使った顔も出てくる。BGM(ロックンロールだからね)も流して感傷たっぷりに仕上げたけれど、自己満足ながら親戚には好評だった。両親の生きた証しになった。

 自分の死後は残された者たちが考えれば良い。今の自分を写真に焼き付けたいのであれば、何も無い背景の前でポーズを取るのではなく、友人知人等と戯れる瞬間を切り取った方が余程躍動感があって宜しい。遺影なんて言葉に惑わされない方が宜しい。

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