« クイズを一つ | トップページ | 我が家の小話 »

詭弁を弄すると云うこと

 詭弁を弄すると云う言葉がある。みのる君も時には詭弁を弄して相手を遣り込める。大抵、分が悪い時にこれを使って煙に巻いてしまう。重宝だけれど、頻繁に使うと嫌われてしまうから、程々が宜しい。

 詭弁を分類すると、「開き直り」、「すりかえ」、「逆手」、「屁理屈」と云った形に分けられるそうだ。「開き直り」の典型は、文句を云われると、「どこが悪い」とか、「会社の為だ」とか云った理屈。自分は悪くない。大義名分は他にあると云った逃げ口上に使う場合に都合が良い。

 「すりかえ」は、本題を巧みにすり替えてしまう理屈。自分は悪い事をしたが、あいつだって俺と同じ事をした。あいつも罰せられるべきだ。などと論点をずらしてしまう言い訳。仕事の出来ない連中は、比較的この「すりかえ」で急場をしのいでしまう。それに、議論が過熱してくると往々にしてこの論法が出てくる。気を付けないと、まるで違った結論になってしまう。掃除の仕方が悪いとカミサンが文句を云って来ると、このゴミは一週間前にお前が落としたゴミだぞ。何故、その時、自分で片付けなかったのか。などと論点をすり替えて、みのる君はカミサンの剣幕をそいでしまう。

 「逆手」は、狂言の「ぶす(附子)」そのもの。砂糖を毒薬と偽った主人が太郎冠者、次郎冠者に遣り込められる話。相手の言い分を逆手に取る。獣を殺せば来世は獣になってしまうぞ、と殺生を諭した坊主に向かって、では、自分は来世に坊主になりたいから、お前を殺すと云う論法。

 「屁理屈」は、文字通りの屁理屈。未開の島に渡った文明人が、のんびり暮らす島の人に働くことの意義を説いて回る。何故、あくせく働くのですか。島の人は文明人に質問する。働いて金持ちになりたくないのか。お金持ちになるとどうなるのですか。お金持ちになれば、何不自由なくのんびり暮らせるではないか。それでは、のんびり暮らしている自分達と同じじゃないか。だったら、今のままで十分。働くことはない。まさに屁理屈。

 遠くギリシア時代の職業教育家のソフィストたちが常套手段に使った論法が今も厳然と生きている。人間の考えることって、昔から大して変わっていないね。

|

« クイズを一つ | トップページ | 我が家の小話 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« クイズを一つ | トップページ | 我が家の小話 »