« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »

2008年1月の31件の記事

2008年1月31日 (木)

簡単に出来る環境対策

 簡単に出来る温室効果ガスの排出量削減対策がある。夜更かしを止めれば宜しい。日の出と共に目覚めて、日没となったらお休み。ちょっと就寝が早すぎるかな。せめて夜11時には寝床に就く。健康にも宜しい。

 オイルショックの頃、TVは深夜放送を自粛したし、深夜営業も遠慮したと思う。国をあげての自粛ムードは不気味な感じもするし胡散臭いけれど、個人が主体的に早寝早起きを励行すれば宜しい。終夜営業のコンビニは便利に違いない。でも、夜中の2時に小腹が空いたから弁当を調達しようなんて生活は、不健康極まりない。少しは辛抱を覚えた方が良い。深夜に勤務する人々も大勢いるから、一概には云えないけれど…。

 もう一つ、翌日配達の宅配便を止めれば良い。手紙や荷物の到着が一週間かかっても宜しい。かえって待ち遠しい気持ちの方がメリハリがあって良い。

 深夜の国道や高速道路は運送便のトラックが溢れている。運転手諸君は一生懸命頑張って、翌日配達、納期厳守を堅持している。

 トヨタのカンバン方式の弊害は、道路が倉庫代わりになったと云うことだ。指定時間の納入を守る為に下請けは在庫を抱え、在庫の一部はトラックに積まれて親会社の前に列をなして待機する状況を生み出した。大型トラックの群れが親会社の入口で順番を競う。朝方の工業団地って、通勤車両とトラックの一団がひしめき合って、賑やかなことこの上ない。

 ジャスト・イン・タイムを廃止して、更に翌日配達を諦めれば、様相が一変すると思う。ほんの少しおおらかな生活を許容すれば、1990年の6%削減目標だって達成可能な数値だと思う。90年の頃、1日16時間起きていた人は、起きている時間を15時間にすれば6%の削減。60分の内、4分間電気の使用を我慢して6%の削減。

 我慢では語弊があるね。我慢ではない。人間性の回復って言い換えても良い。もともと人間は化石燃料には無縁だった。そんな時代のチエに思いを馳せて、化石燃料に頼らない時間を持つことで、少しは環境保全に役立つ。

 でも。元来、人間は環境を破壊して来た。今更、次代の為になんて殊勝な気持ちにならずとも、これまで通り、好きなように環境を壊していくしかない、と云う見方もある。

 賞味期限が過ぎれば処分されてしまうコンビニの弁当。開発途上の人々はこの惨状を何と見るだろうか。弁当処分だって立派な環境破壊。人間破壊。儲かれば良いと云う発想自体が環境破壊そのものかも知れない。そう捉えれば、これまで通りでいきましょう、と云う人間の性を顧みて、諦念に似た考えにもなるかな。難しいね。

| | コメント (0)

2008年1月30日 (水)

多重録音

 みのる君がドラムに熱中していた頃、一時、エレキギターとエレキベースが家にあったので、しばらく多重録音を楽しんでいた。住宅街のど真ん中で強烈な音を出していたから、近所のヒンシュクを買っていたと思うけれど、当時はお構いなしだった。反省しなければいけないね。

 専らベンチャーズのコピー。まず、ドラムでしっかりリズムを録音してから、今度はサイドギターの録音。続けて、見よう見まねでベース部分を入れてから、最後にリードギターの出番。出来上がってみると、何だか騒々しいばかり。多重録音と云っても、所詮は素人器材だから、低域が妙にこもってしまって音が悪い。通りを走る車の音まで拾ってしまって、ガッカリだった。

 その頃身に付けた音の編集作業が後になって、家族ビデオの編集やらパソコンでのムービー作りに役立っている。音にもこだわる耳も養った。とは云え、自宅には防音設備もないから、静かに音を楽しむ程度だけれど。

 苦心の多重録音テープは、いつのまにか無くしてしまった。残念でもある。

| | コメント (0)

2008年1月29日 (火)

霧のカレリア

 ザ・スプートニクスの「霧のカレリア」と云うエレキギター曲があって、完全コピーに挑戦したことがある。

 リードとサイドをたっぷり練習して、ついにテープに多重録音。最初にリズムを録音しておいてから、メロディを録音。その頃、少々高めの録音器材があって、多重録音を楽しんでいた時期。みのる君自演の「霧のカレリア」が見事に完成した。根がせっかちなので、メロディ部分で慌てた様子がそのまま録音されてしまったけれど、無精でもあるから、テイクワンでOKにしてしまった。今はこれをデジタルに収録。たまには、昔の慌てぶりを楽しんでいる。

| | コメント (1)

2008年1月28日 (月)

黄金の腕

 映画「黄金の腕」(1955年。オットー・プレミンジャー監督。フランク・シナトラ主演)のテーマ曲で、エルマー・バーンスタイン作曲。TV放映をビデオに収録しているけれど、音楽にしか興味がなくて、未だ観直していない。麻薬犯罪を扱った映画で、娯楽映画とはちょっと違うかな、なんて敬遠している。

 いきなりハイハットシンバルの刻みで始まる音楽は良いね。しばらくは、何度も繰り返して聴いてドラムのコピーに精を出していた。でも、シンバルの叩き方は参考になったけれど、専らエイトビートばかり練習していた所為かしらん、フォービートの感覚がなかなか掴めなくて、ついに諦めてしまった。

| | コメント (1)

2008年1月27日 (日)

ピーター・ガン

 最近、TVのCMでヘンリー・マンシーニの「ピーター・ガン」を耳にした。これまでも流れていたのかしら。最近まで全然気が付かなかった。迂闊だね。

 子供時分、一時、ヘンリー・マンシーニのレコードを飽きずに聴いていた。「ムーン・リバー」や「シャレード」、小象の行進なんかに混じって、この「ピーター・ガン」があった。何やら都会的雰囲気が漂うぞ。そんな風に感じたのだろうね、気に入って何度も何度も聴いていた。アメリカのTV番組のテーマ音楽だったそうで、ヘンリー・マンシーニを一躍有名にした曲だと云う。あいにくその番組は見ていない。見ていれば違った印象になっていたかも知れない。TVCMで耳にした途端、おや懐かしい曲だね、なんて云えば歳がばれてしまうね。

| | コメント (0)

2008年1月26日 (土)

馴染みのコンビニ

 時々、仕事帰りに近くのコンビニに寄って煙草を買う。毎回、3箱だけ買っていたら、いつの間にか若い男性店員に覚えられてしまった。みのる君の顔を見ると、承知した顔付きで銘柄と個数を云い当ててレジ下から出してくれるようになった。時には100円ライターをオマケしてくれる。馴染みになると、有難いご配慮には違いない。毎度、レジ袋は不要とお断りしているみのる君の癖も承知していて、このままですよね、と云って、レジ袋も用意しない。実に良く気の付く店員さんだ。こう云う馴染みは嬉しいけれど、困ったことに、他に欲しい物があっても買いづらくなってしまった。この店員さんが不在の日は、ちょっと腹の足しになるような物もついでに買うことも出来るけれど、この男性店員さんの前では、煙草しか買えない。コンビニに入った途端、レジの向こうで威勢良く挨拶しながら、煙草を取り出してくれるものだから、ご厚意に甘えて、他に欲しい物があっても買えやしない。いつだったか、カミサンとドライブの帰りにコンビニに寄って買物をすることになったが、折り悪く目の前にくだんのコンビニさ。みのる君は慌ててカミサンを制止した。あの店はやめよう。どうして。不思議がるカミサンに、実はこう云う事情があってね、とみのる君の心やさしい配慮を説明したら、笑われてしまった。とにかく、あの店では煙草以外を買ってはいけないのだ。バッカみたい。カミサンは呆れていた。そうかな。店員さんのご厚意を無にしては気の毒だろうに。

| | コメント (0)

2008年1月25日 (金)

艪の声波を打て膓氷る

 延宝9年、芭蕉が38歳の句、

 艪の声波ヲうつて膓氷ル夜やなみだ
 (ろのこえなみをうってはらわたこおるよやなみだ)

 漢文調に凝っていた時分の作。川近くの芭蕉が住処にギイギイと舟から艪の音が聞こえて来る。侘しい庵住まいの身を見つめた句。

 「武蔵曲(むさしぶり)」(天和2年刊)に出ているが、「夢三年」(ゆめみとせ:松雨撰、寛文12年刊)に「寒夜の辞」と題して前文がある。

 深川三またの辺に草庵を侘びて、遠くは士峰(富士山のこと)の雪をのぞみ、ちかくは万里の船(杜甫の『東呉万里ノ船』を引用)をうかぶ。あさぼらけ漕行く船のあとのしら浪に、芦の枯葉(西行の「津の国の難波の春は夢なれや芦の枯葉に風わたるなり」を引用)の夢とふく風もやや暮過るほど、月に坐しては空しき樽をかこち(李白の将進酒を引用)、枕によりては薄きふすま(布団のこと)を愁う。 (岩波書店版「芭蕉文集」)

 この前文の後に、「艪の声」が出てくる。延宝年間、芭蕉がさまざまな書物に触れながら精進していた事が窺える。杜甫や李白に接し、西行を学び、かつ試行錯誤の俳諧作りに精を出していた。漢文調も試行錯誤の一つ。

 それにしても、電気のない時代の夜に船を出すと云うのは、どんな状況なのだろうか。昔の人はよほど目が良かったのだろうね。

| | コメント (0)

2008年1月24日 (木)

宮沢賢治記念館

 何年か前、カミサンと東北方面をドライブした折に花巻市にある宮沢賢治記念館に立ち寄った。

 みのる君が学生の時分、半年位、宮沢賢治をじっくり読まされた事があるが、あまり好きな作家でなかったので、身を入れて読まなかった。その時熱心に読んでいれば、大きな顔をしてカミサンに薀蓄を語る所だったけれど、うまくいかないものだね。

 一緒に入場券を買って、館内を一周。成程、成程。農業者としての一面や多方面に関心を示していた宮沢賢治に触れて感心してしまった。「下ノ畑ニ居リマス」と云う看板が愉快だった。

 喫茶室でコーヒーを飲んだ後は、イギリス海岸まで足を伸ばした。鉱物好きだった賢治が花巻市内を流れる北上川の一角を、イギリスのドーバー海峡に似た地質から自ら名付けた地名の由。別段、変わった景色ではなかったな。

| | コメント (1)

2008年1月23日 (水)

一茶記念館

 大分前になるが、長野県柏原にある「一茶記念館」を訪ねた。記念館が新装オープンする前。

 是がまあつひの栖か雪五尺

 小林一茶が晩年を過ごした故郷の雪景色を句にしているが、みのる君が家族と訪ねたのは、雪に閉ざされるなんて想像出来ない盛夏の午睡を貪る時間帯。一茶にまつわる品々を眺めたり、裏手にある俳諧寺や墓を拝見しただけ。俳句愛好者の一団が俳諧寺の周辺を徘徊していた。好きな人たちっているもんだね。みのる君は「是がまあ」と嘆じた一茶の心情をかみしめようとしたけれど、夏の盛りじゃ大雪なんて想像出来ないし、暑くて、暑くて。早々に車に戻ってしまった。

| | コメント (0)

2008年1月22日 (火)

カミサンの年末ジャンボ

 去年の年末ジャンボ宝くじを紛失してしまったカミサンが、やっとの思いで無くした宝くじを探し出した由。早速売店に持って行って当たりを調べて貰ったら、購入10枚分の当たりだったそうだ。それはめでたい。下一桁にしか縁のない庶民にはうれしい当たりじゃん。メシでもご馳走してくれるだろうね。いいえ。当りくじで新しい宝くじを買ってしまったわ。当たりくじで買ったから、きっと、又、当たるわ。それは、それは。夢は続くね。今度はご馳走するからね。気楽なカミサンの発想。気長に待つしかないかな。

| | コメント (0)

2008年1月21日 (月)

雪の朝独り干鮭を噛得タリ

 延宝8年、芭蕉37歳の句、

 雪の朝独り干鮭を噛得タリ
 (ゆきのあしたひとりからざけをかみえたり)

 「富家ハ喰肌肉、丈夫喫采根、予ハ乏し」(金持ちはうまい肉を食べ<ふかはきにくをくらい>、大志を抱く者は粗食に甘んじている<じょうぶはさいこんをきっす>が、貧しい俳諧師である自分にはそういった生活には縁がない、と云った意味)と詞書の後に、上の句が出てくる。

 雪の降る寒い朝、侘しい深川の草庵暮らしの自分は干鮭を噛んでいる。漢文調の作風が目立つこの時期の芭蕉の精進ぶりが「噛得タリ」に凝縮している。金持ちを羨まず、立身出世も望まない。俳諧一筋に生涯を賭した決意を言外にほのめかしている。まだまだ気負いが抜けていない。

| | コメント (0)

2008年1月20日 (日)

多忙なカミサン

 先週は上京して茶事にいそしみ、今日は我が家で初釜とカミサンは多忙を極めている。昨日はみのる君が仕事を幸いとばかりに、隣の市まで茶事に出掛ける始末。みのる君が帰宅する頃に帰って来て、早速、初釜の準備に取り掛かる。寝る間も惜しんでいる模様。ピン札があれば貸してくれない?きっと返すから。弟子たちの前で格好を付けるつもりかい。本日の昼は弟子たちと懐石を食す予定。みのる君の昼飯の心配まで気が回らない。仕方ない、チキンラーメンでも食べているか。毎年の行事だから、耐えるしかないね。

| | コメント (0)

2008年1月19日 (土)

土屋文明記念文学館

 群馬県の榛名山の麓に群馬県立土屋文明記念文学館がある。一度、母を案内してここを訪ねた。

 なかなか斬新なデザインの建物。常設展示室はぐるりと一回り出来るような展示になっており、一回りすれば土屋文明の業績が理解出来る按配。短歌ファンには格好かも知れない。老いた母は、目を細めてじっくりと見て回っていた。みのる君は手持ち無沙汰だった。

 隣りは特別・企画展示室になっている。みのる君の知人がこの企画展示室のレイアウトを請け負ったと話していたけれど、ただ薄暗いだけじゃん。少々凝り過ぎだぜ。印象も薄くって企画の内容は忘れてしまった。後日、知人に感想を述べたら苦笑していた。

| | コメント (1)

2008年1月18日 (金)

馬籠の藤村記念館

 小諸の藤村記念館は何度か訪問しているが、馬籠の藤村記念館は一度しか訪ねていない。家族で奈川のペンションに一泊旅行の折に立ち寄った。馬籠は観光客で溢れていた。「夜明け前」の冒頭はすでに過去のものだ。

 冠木門をくぐって記念館に入ったが、子供等は土産物屋の方に関心があるようで、藤村の記念品には興味を示さない。みのる君も大して面白いとは思わない。絵画や彫刻であれば足を止めることもあるが、成程と云う感想で見終わってしまった。子供等に急かされてあっさりと見てお仕舞いだった。

 文学者の記念館と云うのは難しいと思う。実績は文章だけ。読んだ者の心に残るものだから、形にしづらいだろうな。初版本を飾っておいても、成程と云う感想で終わってしまう。哀しいね。

| | コメント (0)

2008年1月17日 (木)

小林古径邸

 何年か前、新潟県高田(上越市)出身の日本画家、小林古径の屋敷が復元され、一般に公開された初日、前々から古径ファンだったカミサンが、是非、この機会に建物を見学したいと駄々をこねるものだから、しぶしぶみのる君は思い腰をあげて、カミサンと連れ立ってこの邸宅を見に行った。

 一般公開初日と云う記念すべき日に足を運ぶなんて、運が良かったのかな、入場料は無料だった。但し、見物客が多いものだから、入場を制限していた。20分程待たされてから、いよいよ入場。カミサンは建物の隅々までじっくりと拝見し、案内係の説明にも熱心に耳を傾け、時には質問したり、いつものように積極的に動き回っていた。みのる君は、やはり、いつものように全て一瞥で終わる。建築家の吉田五十八設計の初期の数奇屋造りとして貴重な建物の由。落ち着いた佇まいで、確かにカミサン好みだった。

| | コメント (0)

2008年1月16日 (水)

我が家の小話

 息子が幼少の頃、用事があってみのる君が職場からカミサンに電話した所、カミサンは家事に追われていたのだろう、代わりに息子が電話口に出た。やっとの思いで受話器を取ったのだろうね、偉いものだ。家でどんな遊びをしているのだろうか、みのる君は何気なく息子に尋ねた。今、何しているの。息子は素直に答えてくれた。今、電話しているの。ごもっとも。

 家族でドライブした折の事。家族でのんびり歩いていると一面のお花畑があって、幼い息子は嬉々として、カミサンに聞いた。ねえ、お花をとっても好い? カミサンは慌てて息子の言動を戒めた。お花をとるなんて、駄目です。そう云って息子を見ると、息子の手にはカメラ。息子はきれいなお花畑を写真に撮るつもりだったらしい。カミサンはようやく意味を理解して、吹き出してしまった。

 今でも語り草になっている。

| | コメント (0)

2008年1月15日 (火)

詭弁を弄すると云うこと

 詭弁を弄すると云う言葉がある。みのる君も時には詭弁を弄して相手を遣り込める。大抵、分が悪い時にこれを使って煙に巻いてしまう。重宝だけれど、頻繁に使うと嫌われてしまうから、程々が宜しい。

 詭弁を分類すると、「開き直り」、「すりかえ」、「逆手」、「屁理屈」と云った形に分けられるそうだ。「開き直り」の典型は、文句を云われると、「どこが悪い」とか、「会社の為だ」とか云った理屈。自分は悪くない。大義名分は他にあると云った逃げ口上に使う場合に都合が良い。

 「すりかえ」は、本題を巧みにすり替えてしまう理屈。自分は悪い事をしたが、あいつだって俺と同じ事をした。あいつも罰せられるべきだ。などと論点をずらしてしまう言い訳。仕事の出来ない連中は、比較的この「すりかえ」で急場をしのいでしまう。それに、議論が過熱してくると往々にしてこの論法が出てくる。気を付けないと、まるで違った結論になってしまう。掃除の仕方が悪いとカミサンが文句を云って来ると、このゴミは一週間前にお前が落としたゴミだぞ。何故、その時、自分で片付けなかったのか。などと論点をすり替えて、みのる君はカミサンの剣幕をそいでしまう。

 「逆手」は、狂言の「ぶす(附子)」そのもの。砂糖を毒薬と偽った主人が太郎冠者、次郎冠者に遣り込められる話。相手の言い分を逆手に取る。獣を殺せば来世は獣になってしまうぞ、と殺生を諭した坊主に向かって、では、自分は来世に坊主になりたいから、お前を殺すと云う論法。

 「屁理屈」は、文字通りの屁理屈。未開の島に渡った文明人が、のんびり暮らす島の人に働くことの意義を説いて回る。何故、あくせく働くのですか。島の人は文明人に質問する。働いて金持ちになりたくないのか。お金持ちになるとどうなるのですか。お金持ちになれば、何不自由なくのんびり暮らせるではないか。それでは、のんびり暮らしている自分達と同じじゃないか。だったら、今のままで十分。働くことはない。まさに屁理屈。

 遠くギリシア時代の職業教育家のソフィストたちが常套手段に使った論法が今も厳然と生きている。人間の考えることって、昔から大して変わっていないね。

| | コメント (0)

2008年1月14日 (月)

クイズを一つ

 昔読んだ本に面白いクイズがあった。

 3人で宿屋に泊まった。一泊一人1万円と云うことで、3人は1万円ずつ計3万円を支払ったが、宿屋の主人がサービスして、5千円まけてくれた。女中がその5千円を預かって3人の所へ返しに行く途中、2千円をごまかして、3千円だけ返した。3人は最初に1万円を払って、1千円戻ったから、差し引き9千円を支払ったことになる。すると、3人がそれぞれ9千円の支払いだから、3×9千円で2万7千円の支払い。これに女中がネコババした2千円を足すと、2万9千円。最初に3万円を払っているはずだから、1千円がどこかへ消えてしまった。何故でしょうか。

 落ち着いて考えれば、何の不思議もない。下らないクイズさ。

| | コメント (1)

2008年1月13日 (日)

仕事が始まって一週間

 仕事始めから一週間。年明け早々から職場は難題を幾つも抱えているから、いきなり正月気分も抜けて大忙しの毎日となった。当分間はこの勢いが収まらない。忙しい事は良いことだろうけれど、なまった体には良くないね。

 翌日出来る仕事は翌日に為に残す。明日に回せる仕事は明日にしよう。などと云って、多少は余裕を持って仕事をしているけれど、来週はもっと忙しくなる。それを思うと少々憂鬱でもある。

| | コメント (0)

2008年1月12日 (土)

手鼻かむ音さへ梅の盛り哉

 貞享5年、故郷の伊賀で正月を迎えた芭蕉45歳の句、

 手鼻かむ音さへ梅の盛り哉

 故郷で迎えた元旦は、呑み過ぎて朝寝坊だったらしい。人間臭くて宜しい。手鼻かむと云う発想が大胆。ティッシュがなければ手鼻が一番。少々汚いが、通りの良くなった鼻に梅の香が沁み込んだか。

 みのる君のカミサンが部屋に蝋梅を活けている。どう、いい匂いでしょうなんて云うけれど、みのる君はくさい臭いには敏感なくせに和みの匂いに弱い。だから、部屋に充満しているだろう梅の香りが味わえない。二日酔の芭蕉の大胆な句作りに感心するのみ。

| | コメント (1)

2008年1月11日 (金)

多々良沼

 過日、帰省中の息子を誘ってカミサンと群馬県館林市にある多々良沼を訪ねた。ハクチョウが越冬地として知られている。以前にも家族で一度訪問していたが、すっかり記憶が薄れている。着いてみれば、全く昔の印象とは違っていた。わずか数年ですっかり変わってしまったみたい。沼はきれいに整備されていた。ハクチョウが優雅に佇んでいた。

 ハクチョウをカメラに収めようとする写真愛好家とおぼしき人達ばかりが目立つ。朝夕の光を取り込んだ方が鮮やかな写真になろうかと思うけれど、愛好家達は光の具合は気にしていないのだろう。午後の単調な日差しを浴びてのんびりとハクチョウを観察しているばかりだった。親子連れは数える程度しかいなかった。ちょっと淋しい感じ。

 はるか彼方に雪を頂いた男体山がかすかに見える。その横に白くなった日光白根山も見える。見事な晴天。カメラを持ってくれば良かったと後悔。携帯でハクチョウを撮ってみたけれど、まるで絵にならなかった。

| | コメント (0)

2008年1月10日 (木)

ジュマンジ

 これも正月のTVで観た映画。1995年のアメリカ映画。ジョー・ジョンストン監督。ロビン・ウィリアムズ主演。

 何度かTVで放映されており、その都度、時間が許せばついつい観てしまう。他愛ないファンタジー映画ながら、奇想天外なストーリーが宜しい。全てが丸く収まるから気楽に楽しめる。ファンタジーだからCGも許そう。親子揃っての鑑賞をお薦め。ギャグもあって笑ってしまうし、騒々しいけれど、正月位はこうしたお笑いも必要。TVのバラエティ番組よりよっぽどマシだね。

| | コメント (0)

2008年1月 9日 (水)

G.I.ジェーン

 正月のTVで「G.I.ジェーン」を拝見。1997年のアメリカ映画。監督はリドリー・スコット。主演はデミ・ムーア。「奇跡の人」のアン・バンクロフトが狡猾な上院議員役で出演。

 なかなか楽しめる映画。差別問題やら権力闘争が盛り沢山。ちょっと煩わしいけれど、良しと云えば良し。特訓シーンは圧巻だけれど、総じてお決まりの展開。鬼のような教官のさりげない配慮も定番かな。D.H.ロレンスの詩(凍えて小枝から落ちる小鳥)を引用しながら、かつ発禁処分の小説も連想させる辺りはなかなか愉快な演出。丸坊主になったデミ・ムーアの鍛え抜いた体が凄いね。「エイリアン3」で坊主頭になったシガニー・ウィーバーより鬼気迫り非情な感じだった。

| | コメント (0)

2008年1月 8日 (火)

年末ジャンボ宝くじ

 正月の慌しさが一段落して新聞を読んでいたみのる君の所へ、カミサンが年末ジャンボ宝くじを持って来た。当たっているか調べて頂戴。どれどれ。当たっていれば悩み解消だね。こいつは春から縁起が良いと云うもの。早速丹念に調べて見れば下一桁が2枚だけ当たっていた。カミサンが購入した分で1枚、カミサンが職場の忘年会で貰って来た分で1枚。残念だったね、2枚しか当たっていない。あら、そう。カミサンはあっさりと諦めてしまった。そうそう当たるものじゃないわね。そりゃ、そうさ。などと云いつつ、改めて宝くじを見直してみると、何とカミサンが購入した宝くじの抽選日が一年前になっている。誤植かな。一瞬、そんな風に思ったけれど、そんなはずはない。おい、お前のくじは去年の分だぜ。カミサンもビックリした様子。おかしいわね。この前、宝くじ売り場で買って、大事にしまっておいたはずよ。

 結局、今回の宝くじは見付からない。正月早々カミサンの大雑把に付き合わされてしまった。無くした宝くじが当たっていればエライことさ。去年のだって今更調べても後の祭りだし。庶民の夢ははかないものだね。

| | コメント (1)

2008年1月 7日 (月)

年始のついで…

 正月2日、年始のついでに帰省中の息子とカミサンと郊外に出来た大型ショッピングセンターに立ち寄った。開店当初から周辺道路の渋滞が新聞記事になる程の盛況ぶりだったが、案の定、店に近付く程に道路は大渋滞の様相。駐車場に入っても、停めるスペースがない。わざわざ混雑する場所なんかに来ることはないと思うけれどね。やっとの思いで駐車場所を確保。カミサンと息子はいそいそと店の奥へ消えてしまった。みのる君は車の中で暫時仮眠。朝から酔っ払っているから、動くのが億劫さ。

 それにしても、渋滞に耐え、駐車スペース探しに躍起になって余分な時間と労力を費やしてまで、何故、こうも人が集まるのだろうか。不思議でならない。近くのスーパーで買えば済むような日用品や食料まで、わざわざ混雑極まりない店で買う意味が分からない。周辺の住民にとっては迷惑千万なことだろうなと思う。これも時代の流れか。中心街の活性化を望むところだ。

| | コメント (0)

2008年1月 6日 (日)

門松やおもへば一夜三十年

 延宝5年、芭蕉34歳の句、

 門松やおもへば一夜三十年

 正月に自らが歩んだ三十余年を振り返る。そんな心境が句になっている。ようやく宗匠として喰っていける自信も芽生え、俺も随分と頑張って来たな、あっと云う間の三十余年だったが、いよいよ人生を楽しむぞ。そんな密かな願いもあったか知れない。一年の節目に来し方を振り返り、新たな決意ないし願掛けないしは打算を祈ったのだろう。よし、やるぞ。立派な新年のご挨拶だ。

 さて、今時の34歳は自分の半生を顧みるだろうか。まだまだそんな域には達しない、現状を生きるのが精一杯、年金すら貰えないかも知れない、地球温暖化が加速して何だかんだと規制が厳しくなって、将来の生活設計なんて組み立てる余裕もないし、当てにもならない、第一少子化が災いして税金も社会保険料の負担も今よりずっと重くなるは目に見えているし、一体、政治はどうなっているんだ、働けど我が生活楽にならず、じっと手を見るばかりが関の山、一夜明ければ物価高、貯蓄にまで手が回らない現状で青息吐息、なんて不満が聞こえそうだ。先が見えないと発想し得ない句かも知れない。

| | コメント (0)

2008年1月 5日 (土)

今年も流れ星一つ

 4日は朝2時50分に起床。目覚ましをセットしていた訳でもなく、自然と目覚める。毎年正月の楽しみの一つ、しぶんぎ座流星群を見る為だ。酔っていてもきちんと起きられるから立派さ。面倒臭いから防寒服を身にまとうことはしない。寝巻き姿に一枚だけ上に羽織って、庭に出てみれば、満天の星。寒い。前夜11時頃はてっぺん近くにあった火星が西に傾いている。

 30分程、北東の空を眺めていたけれど、一つも流れない。今年の極大(一番流れる時間)は4日の15時となっているから、ほとんど期待出来ない状況。一端部屋に戻って、熱いコーヒーを飲む。ストーブに当たって体を暖めてから、もう一度挑戦。

 昔は完全防寒で2、3時間は平気で粘って多くの流星を楽しんでいたけれど、年々準備が億劫になる。O型の所為かな。多少の寒さは根性で耐える。が、素足に寝巻き姿だから、30分程度で我慢の限界に達してしまう。そろそろ限界かなと諦めかけた時、北から東へ、うしかい座辺りをスーと星が流れた。0.2秒程度。明るさは1等星位かな。ついに、やったね。昨年も一つ見たけれど、今年の方が鮮やかだった。苦労した甲斐があったと云うものだ。正味1時間の観望で一個は少々物足りないけれど、まぁ良しとしよう。寒いし。

| | コメント (0)

2008年1月 4日 (金)

穏やかな正月

 昨日は穏やかな日和だった。昼時、カミサンと久し振りに散歩。たっぷり歩いた。風もなく、澄み切った青空のもと、近くの公園の周囲をゆっくりと散策。カミサンは道端に春を求めて、下ばかり見ながら歩く。みのる君は遠くの山々や空ばかり見て歩く。アンバランスな取り合わせだね。

 大通りに喫茶店があるから、寄ってみましょうなどと誘われ、ちょうど昼時分だから、ついでにサンドイッチを注文して、暫時、休息。それから、再びあっちこっち歩きながら家に戻った。2時間は歩いたかな。アルコールも呑まず、間近い春を楽しんだ。これで正月もお仕舞い。今日から普段通りの慌しい朝が始まる。

| | コメント (1)

2008年1月 3日 (木)

恒例の新年会

 昨晩は古い友人等が集まって、みのる君の家で新年会を催した。いつものように賑やかに呑んで一時を過ごしたが、この年になると、健康や年金が話題に出てくる。お互い、そろそろ足元を固める時期なのかも知れないね。

 昨年、リョウさんがバンド再編を持ちかけてくれたが、久し振りに昔の腕前を披露して貰おうとギターを2本持ち出して、リョウさんと合奏に及ぼうなんて考えたけれど、何だい、すっかりコードを忘れていやがる。それに、老眼の域に達したようで楽譜が見えん騒ぎ。時折、ギターを爪弾くみのる君の技量とは雲泥の差じゃん。当分、バンド結成は無理だね。リョウさんも諦めたご様子だった。

| | コメント (0)

2008年1月 2日 (水)

十大ニュース

 子供等が中学生、高校生の時分、毎年大晦日に子供等の十大ニュースを書かせていた。今年一年を振り返って自分自身にとって大きな出来事を10件書きなさい。中学生時代の子供等は一生懸命書いた。文字だけでなく、イラスト入りの凝った十大ニュースを苦心して書き上げていたが、高校生になると、半ば惰性になってしまったが、この関門を通過しないとお年玉に影響するかと懸念していたのだろう、一応、自分の一年間を振り返る時間を設けて、元旦ギリギリになって書き上げていた。

 子供等が幼い頃から、役割分担を決めて年末の大掃除を手伝わせていた。両親の率先垂範もあって、家事手伝いを身に付けていった。勿論、年を経る程に不平も不満も口にするようになったが、与えられた役割は果たしてくれた。

 多分、こうした強制力が子供の成長過程に必要だろうなと思っている。親の自己満足かも知れないけれど…。

| | コメント (0)

2008年1月 1日 (火)

一年の計

 赤塚不二夫の漫画の中に、「一年の刑は元旦に出所」と云う五七五があって、この季節になると思い出す。

 一年の計は元旦にあり、なんて云って、元旦早々残り364日の予定を考えるなんて、いかにも気が早い。初詣の願掛けなんてその場の勢いに過ぎないし、大体、正月は酔っ払っているか、遊び呆けているかのどっちか。精々他力本願の成り行き任せの年間計画が関の山。どんな年になるやら。昨年中は毎日せっせとブログに記事を書いてきた。息切れするかと思いきや、意外に長続きするもので、今日まで駄文を連綿と書き連ねてきた。今年も続くか知らん。聊か自信を欠いているけれど、多くの方々のご訪問を励みに暫く努力を惜しまず粘り腰を発揮しようかと思う。各位、お付き合いの程を伏してお願い申し上げます。

| | コメント (0)

« 2007年12月 | トップページ | 2008年2月 »