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2007年12月の31件の記事

2007年12月31日 (月)

年末の大掃除

 昨日は一日中、カミサンの指揮下で大掃除だった。みのる君が担当はガラス拭きと煤払い。朝は穏やかだったが、昼前に一転俄かに突風と雨。午後は再び日差しも出て、寒かったり、暖かくなったりと天候も忙しい日だった。前夜に息子が帰省してくれたお陰で、仕事を分担して何とか例年通りの大掃除が終わった。年中行事とは云え、大変な一日さ。仕事が終わると、息子はさっさと出掛けてしまった。同窓会の由。結束の固いクラスだったみたいで、こちらも几帳面に毎年の行事を繰り返している。

 一年の垢を落として新しい年を迎える。こうした節目節目の気分転換が生活には必要なんだろうなと思う。

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2007年12月30日 (日)

群馬県立近代美術館

 磯崎新設計の群馬県立近代美術館に、やはり母とカミサンと訪ねたことがある。たまたまピカソの「ゲルニカ・タピスリー」(ゲルニカとほぼ同寸のつづれ織り。本体はスペインマドリッドのソフィア王妃芸術センター所蔵の由)の特別展示をやっていて、思わぬ場所でピカソに遭遇。こんな所にピカソがあったのかと驚いた記憶がある。勉強不足と云えばそれまでだけれど…。老母もピカソに出会えて喜んでいた。

 ピカソの他に「信濃美術館展」も開催中だったが、少し前に母と信濃美術館を訪ねて東山魁夷を見て来たばかりだったので、少しガッカリだった。わざわざ老母を長野まで案内することはなかった。昔気質の母は再び同じ絵を見られて良かったと云ってくれたが、帰り際、表は雨、売店で傘を買う羽目になったみのる君は落胆頻りだった。まぁ、ピカソが見られたのが救いだったな。

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2007年12月29日 (土)

群馬県立館林美術館

 少し前になるが、母とカミサンを連れて「北大路魯山人展」を開催していた群馬県立館林美術館を訪ねた。

 平成13年完成の美術館で、なかなか斬新な外観。駐車場から入口まで、更に入ってから展示室までが長いアプローチ。デザインに拘り過ぎて、若干配慮に欠けたのだろう。足腰の弱った年寄りには聊か厳しい距離だった。もう少し配慮があっても良い。上州名物の空っ風でも吹いていたら、辿り着けやしない。

 主に企画展が中心の美術館。みのる君が訪ねた時はカミサン好みの北大路魯山人展だったが、瀬戸物屋を営んでいた祖母の影響かしらん、母も満更でもなくカミサンと一緒に魯山人の作品を丹念に見ていた。みのる君はと云えば、例によってさっさと一回りした後は隅っこで小さくなっていた。

 館内レストラン「イル・コルネット」で食事を摂ったが、和食弁当が用意してあったのが、せめてもの心尽くしかね。母はおいしそうに弁当を平らげ、食後のコーヒーを楽しんでいた。

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2007年12月28日 (金)

田部美術館

 松江市の小泉八雲旧居東に「田部美術館」がある。元島根県知事が創設の由。松江藩7代藩主松平不昧公の茶道具などお茶の関する美術品が展示してある。

 ここもカミサンの強引さに負けて入ってしまった。建物は落ち着きがあって宜しい。回廊式も風情がある。客は少なかった。「茶の湯の造形展」と銘打った特別展を開催中で、気に入った作品を投票して下さい。投票の結果で優秀賞が選ばれるような特別展だったみたい。お陰で、入口で貰った案内と投票用紙を片手に、茶の湯は任せて貰いたいわと云わんばかりのカミサンは熱心に品定めさ。みのる君はいつもように早足で一巡した後、庭先の椅子に腰掛けて煙草を吸っていた。あなたはどれが気に入ったかしら、私はどれにしようかな、などと選択権を与えられたカミサンはゆっくりとじっくりと鑑賞。困ったカミサンだった。

 毎度のことながら、みのる君は辛抱強い。みのる君と同じように所在なさそうな男性が煙草を吸って連れの彼女の戻りを待っていた。いずこも同じだね。

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2007年12月27日 (木)

益子参考館

 栃木県益子町に陶芸家で第一回人間国宝の濱田庄司の自宅兼工房を開放した「益子参考館」がある。カミサンに連れられて立ち寄ったが、焼物にはあまり関心のないみのる君は、じっと我慢を強いられてしまった。ただ、堂々たる門構えや寄棟造りの茅葺古民家は一見の価値がある。

 帰路、益子焼の店に入ったが、夥しい数の焼物が所狭しと陳列してあって感心してしまった。客も大勢。単なる器に過ぎないのに、何故夢中になれるのだろうか。カミサンも客に混じって、一生懸命と物色していた。こう云う時は疲れ知らず。元気が良かった。

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2007年12月26日 (水)

齋藤美術館

 岐阜県郡上八幡に茶道具を展示している「齋藤美術館」がある。カミサン好みの美術館。

 ずっと以前、初めてみのる君が郡上八幡を訪ねた時、町中に「伝統」の空気が漂っていて、その迫力にたじたじになってしまった。奈良や京都、金沢でも身に沁みなかった伝統の空気をこの町で初めて感じた。伝統の重みを肌で感じたと云うのは、大いなる驚きだった。何がみのる君の心に響いたのだろうか。今でもそれは謎のままだ。

 とは云え、おもだか家民芸館を見たり、有名な蕎麦屋「平甚」で蕎麦を食したり、伝統の迫力に圧倒されながらも食欲を満たしたみのる君だったが、その時の印象を再確認したくて、何年か前に改めて家族を引き連れて郡上八幡を訪ねた。が、昔の迫力は無くなっていた。町が変わったのか、みのる君がふやけたのか分からない。勿論「平甚」で蕎麦を味わったし、宗祇水も確保したけれど、伝統の重みは蘇らなかった。

 郡上八幡の町並みを歩いている時、茶道具の美術館を目ざとく見付けたカミサンが目を輝かせ、みのる君や子供らを強引に引き連れてこの齋藤美術館に入った。

 黒楽やら赤楽やらの茶碗や香合や棗等、カミサンは熱心に見て回っていた。目の保養にはなるけれど、茶道具には大して関心を示さないみのる君はさっさと一回りした後、子供等のお守役に徹していた。むしろ子供等は近くにある「遊童館」の紙細工に夢中だった。

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2007年12月25日 (火)

碌山美術館

 長野県安曇野市穂高に「碌山美術館」がある。荻原守衛(碌山)の作品を保存した美術館。重要文化財にもなっている「女」や親友の高村光太郎の「手」等が見られる。建物も趣があって宜しい。精力的に空気の流れを表現している知り合いの彫刻家が、彫刻は肉体労働だとこぼしていたが、そもありなん。根性がないと作れないだろうね。運ぶのも容易ではない。

 子供等が小さい頃、ドライブの途中にこの美術館を訪ねたけれど、彫刻なんかに興味を示さない子供等がぐずったので、早々に表に出てしまった。又、機会があったら訪れたい美術館だ。穂高と云う場所にも何となく興味がある。

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2007年12月24日 (月)

蕎麦屋の経営者が交代

 近所に行付けの蕎麦屋があって、月に1,2度は蕎麦を喰いに出掛けていた。この秋はカミサンが多忙だったので、2ヶ月程ご無沙汰していたが、先週末、久し振りにカミサンが家にいたものだから、たまには蕎麦を喰おうと二人して出掛けた。

 暖簾をくぐった途端、何となく違和感があった。今まで見たこともないメニューがカウンターに貼られている。趣向が変わったかなと思いつつ、テーブルについてメニューを広げると、ラーメンが載っている。カミサンも不思議に思ったみたい。いつもと違うわね。ラーメンがあるぜ。見渡せば、これまで何度も味わってきた吟醸酒のメニューもない。おかしいね。注文を取りに来た店員にそれとなく尋ねると、経営者が変わった由。前の無骨な主は体調を崩して店を手放してしまったと云う。カミサンと書道仲間の店員の姿もない。しばらく足を運ばない内に、すっかり様子が変わってしまった。自慢の新潟産コシヒカリも姿を消してしまい、蕎麦屋にラーメンの登場だ。酒はあるかな。尋ねると、奥にいた店主と店員が冷蔵庫を開けて在庫を確認している。駄目だ、こりゃ。結局、ビールを呑みながらラーメンを喰って、おしまい。新年会に利用しようかなどとカミサンと話題にしていたけれど、これでは計画中止だ。

 昔、家の近くに落ち着いた喫茶店があって、時々、散歩途中にカミサンとコーヒーを楽しんでいたが、いつの間にか駐車場になってしまったり、街中の行付けの喫茶店も経営者が変わってしまったり、夫婦揃って気に入った店が姿を消してしまう例を何度か経験してきたけれど、まさか近所の蕎麦屋まで同じ運命を辿るとは思ってもみなかった。もしかしたら、みのる君夫妻は疫病神かも知れないね。

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2007年12月23日 (日)

美ヶ原高原美術館

 夏の盛り、子供等が幼い頃、家族で美ヶ原高原美術館(冬場は休館)に出掛けた。例によって真夜中に自宅を出発し、朝の5時前には美術館の駐車場に到着。八ヶ岳が雲海の彼方に顔を出していた。冷気凛々として静寂。子供たちにとって、雲上の景色は初めての経験だったかと思う。自動販売機でカップラーメンを買って開館を待った。

 美ヶ原高原美術館は箱根・彫刻の森美術館の姉妹館としてオープンした野外の彫刻美術館。海抜2千㍍程の高地にあって、明け方は寒い位だった。開館と同時に入場。広大な敷地に点在する彫刻類や光の美術館、こども美術館、ビーナスの城等をゆっくりと見て歩いた。

 夏場の高原だから楽しめる場所だろうな。新鮮な山の空気と心地良い冷風。さまざまな彫刻(造形美と云うか構成の妙と云うか、奇を衒ったと断じても良い、難解でもあり、独善的でもあり、しかし、いずれも風景に溶け込んでいるから許容すべきだろう彫刻群)を眺めて、しばし下界の暑さを忘れたものだった。忘れついでに、カミサンがトイレで化粧バックを置き忘れてしまい、慌てて引き返したけれど、すでに無し。雲上にも悪い奴はいるもんだね。

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2007年12月22日 (土)

竹久夢二伊香保記念館

 群馬県伊香保温泉の入口に竹久夢二伊香保記念館がある。大正ロマンの夢ニ作品をたっぷり楽しめる。「榛名山賦」とか「青山河」と云った大作もあって、大正時代が溢れた美術館になっている。何度か立ち寄っているが、特段の面白味はない。相変わらず、成程と云う一言で片付いてしまう。ちょっと狭いかなと云う印象もある。

 以前、料亭で拝見した絵の方が間近で見た所為か迫力があったね。こんな所にお宝が隠れているのかと云った俗っぽい感想もあった。TVのお宝探し番組に時々出てくる逸品に驚かされるのと同じ。近くで見る方が親近感もあって宜しい。美術館のガラス越しより味わい深いし。

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2007年12月21日 (金)

信濃美術館・東山魁夷館

 長野市善光寺の東に長野県信濃美術館・東山魁夷館がある。牛に引かれて善光寺参りのついで立ち寄るのも一興。ここは家族で立ち寄ったり、東山魁夷の好きだった母を連れて出掛けている。

 信濃美術館には小山敬三や安井曾太郎、梅原龍三郎等のコレクションがある。東山魁夷館は、文字通り東山魁夷の有名な作品が展示されている。後学の為の一見は宜しいかと思うが、みのる君が好みではない。成程と感心してお仕舞いだった。母は結構時間をかけて一つ一つ見入っていた。

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2007年12月20日 (木)

山梨県立美術館

 山梨県立美術館には何度か足を運んでいる。時には団体旅行で、あるいは家族で、又は母を連れて。その都度美術館発行の冊子を買ってしまったので、我が家の書棚には幾冊も並んでいる。

 ここの美術館は「種をまく人」や「落穂拾い」、「耕す人」、「鶏に餌をやる女」等々ミレーの作品が充実している。みのる君の好みはひたすら印象派だけれど、こだわってはいない。目の保養も必要さ。

 じっくりと眺めることは得意ではない。さっさと見て歩いてしまう方だが、時には足を止めて、気になった作品をじっくりと見入る。とは云え、いくら眺めても技量とか技術は分からない。ただ眺める。そして、静かな空間と時間を楽しむ。それだけで十分の気分転換。後は、館内の喫茶室でコーヒーを味わえば最高だね。

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2007年12月19日 (水)

小山敬三美術館

 小諸市懐古園に小山敬三美術館がある。めったに旅行もしなかった父母が訪ねた思い出の美術館で、父の死後、みのる君は母を案内してここを初めて訪れた。

 母を連れて藤村記念館を見学した後に立ち寄ったが、母が、こんなすてきな場所は父と来たかったと初めて訪ねたような口吻で感想を述べたからビックリした。いよいよ耄碌したかと思った。駐車場から懐古園、藤村記念館、小山敬三美術館と上り下りの多い園内を、足腰の弱った母を連れ回したが、気丈にも歩き通した母の一徹さに感心もした。途中、園内の喫茶店で母はおいしそうにコーヒーを飲んでいた。

 母の死後、カミサンと再びこの美術館を訪ねた。浅間山やお城シリーズの洋画が常設展示されている。いかにも洋画然としたタッチが良い。白鷺城を題材にした大胆な構図の城シリーズも良い。カミサンも気に入ったようで、帰りがけに絵葉書を求めていた。

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2007年12月18日 (火)

バーンズ・コレクション

 子供等が幼い頃、一家揃って東京上野の国立西洋美術館の「バーンズ・コレクション」展を見に行った。ついでに一度位は新幹線に乗せてやりたいと云うささやかな親心もあって、当日39度の熱を出してしまったもののいたって元気そうな娘を気遣いながら、強引に出掛けて行った。

 9時半には美術館に到着。すでに長蛇の列。しぶしぶ最後尾に並ぶ。やっと当日入場券を買って、再び入場待ちの列に並ぶ段取りで、じっと我慢を強いられた。並ぶことが嫌いなみのる君にしては珍しかったが、子供を従えた親の責務を果たしていただけさ。カミサンにブツブツ日本の貧相な文化事情をこぼして憂さを晴らしていた。小学生だった子供達は物珍しそうに辺りを観察したり、カミサンとお喋りに夢中になったり、39度の熱にも動じない娘も忍耐強かった。

 2時間待ちの末、やっと館内に入ったが、当然、中も大混雑。ルノアールもセザンヌもモジリアーニも黒山の後ろから眺める程度。これでは、まるで雑踏の繁華街を歩いているようなもので、鑑賞も感想もない。疲労感のみだった。ひどいものだ。期間中100万人を超える入場者数を数えた由だが、お祭り騒ぎを誇って何になる。子供等が元気だったので救われたけれど、娘の熱が高じて倒れていたら悲惨な結果になっていたと思う。今にして思えば無謀極まりない美術鑑賞だった。

 館内で昼食後、御茶ノ水に出て両親が通った学校等を見て回ってから、本屋に行きたいと云う息子の希望を叶えて三省堂に立ち寄ったが、子供等は目を輝かせてあちこちを飛び回っていた。美術館より、こちらの方が子供等には有意義だったか知れない。親の財布を当てにして怖いお話の本を買い求めたが、午前中の難行を労わった親のサービスと云うところさ。

 その後、みのる君は毎夏美術館で入手したバーンズ・コレクションをプリントしたTシャツを着ていた。これも情け無い日本の文化事情の一端さ。

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2007年12月17日 (月)

エアコン設置

 風の強かった昨日、やっとエアコン工事となった。朝早くから馴染みの業者がやって来て、午後は他に工事が入っているので、今日は出来る所までと念を押されたが、とにかく突貫工事に頼るしかない。居間を後回しにして、早速茶室からスタート。茶室から水屋を抜けて廊下を越えて坪庭までは、コードのむき出しを嫌ったカミサンの要望で竹にコードを通すと云う面倒臭い作業。何とか要望通りに見てくれの好い形に仕上がった。試運転も異常なし。温かい空気が茶室中に広がって、ようやく我が家も近代化が一歩進んだ。風が強かったので、坪庭で作業した業者は赤い顔になっていた。

 居間のエアコンは時間切れ。取り付けだけ終わらせて、室外機の設置は外の作業だからいつでも出来る、その内、間を見てやりましょうなどと呑気な計画を発表して早々に次の現場へ行ってしまった。

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2007年12月16日 (日)

忘年会

 昨年は自治会の役員会議と重なってしまって職場の忘年会に参加出来なかったけれど、今年は万難を排して出席。盛り沢山の料理に箸を付ける間もなく、ビールと日本酒と焼酎をやたらに呑んで心地良く酔っ払った。飲み屋から自宅まで高い料金を払って代行車でご帰還遊ばして、昨日は無策の一日となってしまった。

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2007年12月15日 (土)

福岡中洲のラーメン

 大昔、出張で福岡へ行った折、その時は午後の飛行機便で福岡へ到着。夜までたっぷり仕事に追われてしまい、初めての九州を楽しむ時間的余裕がなかった。翌日は地元に用事があって、朝の早い飛行機で帰らねばならない。やっと仕事が片付いた頃、ちょうど小腹も空いていたので、ホテルを抜け出て近くでラーメンを喰った。翌日を控えた身なので、恨めしくネオン街を眺めつつ、早々にラーメンを食べてホテルに戻って寝てしまった。

 それ以後、福岡へ行っていない。往復飛行機、それ以外はホテルに缶詰。わずかに中州でラーメンを喰ったと云う思い出だけが残っている。あまり慌しい出張も体に良くないね。消化不良と云った感じが残っている。中州にいながら、夜の街に繰り出せないと云うのは残念な話さ。

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2007年12月14日 (金)

角館散策

 白神山地を後にして、日本一深い田沢湖に立ち寄った。湖畔にプリンスホテル(当時)があって、コーヒーが飲めるぞ。みのる君はコーヒーに目がない。とにかくコーヒーであれば何でも良い。強いて云えばモカで十分。砂糖なんか使わない。ミルクも入れない。ブラック一筋。眠気覚ましにもならないけれど、抹茶より落ち着くってものさ。暫時カミサンと田沢湖を眺めつつ、休息の一時を過ごした。湖畔に黄金色の辰子像があって見物客を集めていたけれど、関心がないから素通り。夕刻、角館に到着。ビジネスホテルに一泊して、翌日は角館を散策した。

 桜が有名な角館だけれど、あいにく満開の時期はとうに過ぎていた。陸奥の小京都と云われる由だけれど、それって、値段が高いってことかな。洒落た店も多くあるけれど、どうにも二の足を踏んでしまう。ホテルにチェックインした後、カミサンと近くを歩いたけれど、料亭が目に付く。カミサンは是非寄りたいと駄々をこねる始末。こんな遠くまで来て、わざわざ高い料亭に行くこたぁない。その辺の食堂の方がよっぽど地元の空気を味わえる。しばらく道端で険悪な意見交換となったが、みのる君の主張が通って、「まん馬や」と云う地酒を呑ませる店で夕食となった。カミサンは地酒ですっかり酔っ払いやがった。

 翌日は武家屋敷を歩き回るつもりだったが、ホテルの朝食で飲み放題の牛乳を三杯も飲んだみのる君は、平福美術館でトイレに入り浸る災難となってしまい、武家屋敷どころではなかった。9百㌔も一人で運転してきた上に、好物の牛乳に目が眩めば、腹も調子を乱すってものさ。あいにくの小雨模様だったので、青柳家と云う武家屋敷を一つ見物しただけ。その後、カミサンは樺細工の土産物を物色。お互い、武家屋敷はどうでも良かったみたい。

 新潮社の創立者がここの出身とかで新潮社記念館と云う建物があって、入口は新潮文庫の表紙を形取っている。面白い発想だね。一応、カミサンと記念撮影。昼過ぎに角館を離れ、夜9時前に帰宅。約15百㌔のドライブだった。

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2007年12月13日 (木)

白神山地十二湖

 十二湖と云う名前に惹かれて、世界遺産の白神山地までカミサンと深夜に車を飛ばして出掛けたことがある。およそ12時間のドライブ、自宅から7百㌔近くも離れている。電車ならいざ知らず、車では滅多に行こうとは思わない所だ。が、近付くにつれ車の量が減っていくから、実に気持ち良く快適に走れるのが、救いだね。

 「ポンポコ山」なんて道の駅で小休止して、十二湖ビジターセンターに到着したのは朝の8時少し過ぎた頃。案内図を頂き、ビデオで湖の概要を学んでから、森林浴に出発。駐車場に車を預けて、ブナの原生林を歩く。夜通し長時間の運転で疲れもあるけれど、意外にタフでね、カミサンと軽口をたたきながら、たっぷりと歩いた。青池と云う文字通り青い幻想的な池に感心したり、鶏頭場の池とか小夜の池、日暮の池等、道すがらに小さな池を見ながら、トリカブトの群生も見ながらアップダウンのあるブナ林の道を丹念に歩き回った。ちょうど腹が減った頃にお誂えのレストランもあって、至れり尽くせりだね。しかも、「十二湖庵」などと云う抹茶を振舞う店まであって、目ざとく見付けたカミサンは目を輝かせて、こんな所でお茶が飲めるなんて、嬉しい、一緒に飲みましょうよ。みのる君は遠慮しておく。型にはまったモノは苦手さ。

 少し離れた場所に「日本キャニオン」と云う絶壁があって、グランドキャニオンを彷彿とさせる由。せっかくだから見学しよう。しかし、土産話に一見の価値はあるけれど、一見で十分と云う感じだった。

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2007年12月12日 (水)

桂浜と道後温泉

 四国高知の桂浜を訪ねたことがある。坂本龍馬の銅像が太平洋を睨んでいたが、土佐闘犬を見物した所為か、特段面白いと云う場所でもなかった。どうも血を見るような競技は苦手で、ましてや人間様の都合で犬をけしかける闘犬なんぞはまるで興味がない。お付き合いの挙句だから、桂浜の印象も醒めたものになってしまったのかも知れない。高浜慮子の句碑や大町桂月の記念碑も訪ねる気力が失せてしまって、潮風に当たっていただけだった。高知市内の「はりまや橋」も、あまりの小振りさに驚いてしまって、益々印象が薄くなってしまったのだろうな。「名物に美味いものなし」は景色にも通ずるね。

 ついでに松山を回って道後温泉に行ったが、「坊っちゃん」一色に興ざめしながらも、明治の雰囲気を味わうことが出来た。その晩に繰り出して酔っ払い、肝心の温泉に入り損ねてしまったのは悔しい思い出。

 金刀比羅さんにも足を運んだが、延々と歩かされて、相変わらずの二日酔にはきつい行程だった。途中で杖にすがってしまって、情け無い話さ。もう少し客の都合も考慮して欲しいとぼやきながらの難行苦行。エライ目にあったと云う印象。酔っ払いにも快適さを提供出来るよう、観光地の再開発を期待したいね。

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2007年12月11日 (火)

カミサンが硬筆で特選

 書道を習い始めたばかりのカミサンが、硬筆部門一般の部で「特別賞特選」なる賞を頂いてきた。本人が一番ビックリしていた。みのる君も驚いた。まさか。が、名前をよく見ると、カミサンの名前と一字だけ違う。読み方は同じ。こりゃ、同姓同名異字の他人様の賞状だろう。先生に事情を話して返した方が宜しい。相手が困っているだろう。確かにそうね。カミサンは素直に納得して、早速、先生に電話。きっと何かの間違えでしょうから、賞状をお戻しします。一応、本部に問い合わせてみますとのこと。書道教室が生徒の名前を間違えるのは噴飯物だし、カミサンの強烈を極める個性的な字体が認められるのもおかしい。昔も書の勉強をしていたのよ。カミサンは反論するが、相手が読めない字なんて何の役にも立たん、読めて字と云うものだ。

 よくよく考えれば、生徒獲得の手段として賞状発行は有効な手立てかも知れないね。

※)やはりカミサンが受賞の由。名前を書き間違えたそうです。
                             (12月16日)

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2007年12月10日 (月)

風呂場のタイル工事

 週末、風呂場の傷んでいたタイルの一部を剥がして新しいタイルに張り替えて貰った。朝から昼過ぎまで職人が一人で作業。きれいに修復出来た。ついでに天井にあった小さな隙間も埋めて貰った。乾かないから、今日は風呂に入れないと云う。仕方ないね。せっかくの補修をふいにする訳にはいかない。久し振りに風呂なしの一晩だった。

 当初は洗い場の大改修もカミサンは計画していたが、工務店の社長の大工事になりますとの一言と2、3日は風呂が使えなくなると云う不便さと、みのる君の「どこにそんな金がある」との無遠慮な発言で計画を撤回、傷んだタイルだけ張り替えようと云うことになった。計画から3ヶ月も経って、ようやく工事実現となった。

 残すはエアコン設置だけ。何とか年内に片付けたい所だけれど、電気屋の持参したカタログを見て色が気に入らないと云うカミサンはあちこちの量販店を廻って、気に入った色のエアコンを探しまわったお陰で、すっかり計画が延びてしまっていた。先週、ようやくめぼしい機種を見付けたようだ。クリスマス頃までには何とかしたい様子。

 エアコン工事も当初計画とは大幅に変わり、もともと設置が困難な我が家の構造を無視して強引に取り付けることにした次第だが、難工事が予想されるし、電気容量も心配の種。大工仕事やタイル張りに加えて、エアコン設置の費用はカミサンが用意すると大見得を切ったけれど、大工工事の費用はみのる君が立て替えているぜ。未だに払ってくれない。忘れているご様子。まさか、こっちにツケが回すつもりじゃないだろうね。

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2007年12月 9日 (日)

信夫山と安達太良山

 福島市街に信夫山と云う小さな山がある。友人が福島の学校へ行ったので、夏の盛り、彼を訪ねて福島まで出掛けていったことがある。ついでに、百人一首にある「陸奥のしのぶもぢずり誰ゆえに乱れそめにしわれならなくに」(河原左大臣)で有名な文字摺石を見たいと思っていた。

 友人の下宿に逗留して、信夫山を登ったり、少し足を伸ばして安達太良方面に行ったり、夜は酒盛り、昼はあちこち物見遊山のお気楽な旅行だったが、結局、文字摺石のことはすっかり忘れてしまっていた。鍛錬不足のみのる君だから、たかだか標高275㍍の信夫山登山でもあごを出す始末で、それどころではなかった。

 剣道で鍛え上げた体力を自負する友人が鬼面山から安達太良山を踏破しようなんて無茶な計画を立てやがってね。彼の部屋にご厄介になっているから反論も失礼だし、みのる君は彼の案内でしぶしぶバスに乗って、土湯温泉まで行ったものだ。そもそも山登りが目的じゃないからきわめて軽装のみのる君は、眼前にそびえる鬼面山を仰ぎ見て、山頂までのきつい道程を想像してすっかり尻込み状態さ。いざ行かんと歩き始めたものの、わずかの距離で万歳。本格登山に軽装は無謀と云わざるを得ない。登山を愚弄するようなものだ。だから登山を諦め、温泉街を冷やかして帰ろう。みのる君はすっかり戦意喪失気味。友人もみのる君の体力を承知しているから、それ以上のお誘いを諦め、二人して鬼の面に尻を向けて帰ってしまった。

 東北線の鈍行でのんびりと関東に戻ったが、芭蕉も立ち寄ったと云う文字摺石のことを思い出したのは、帰宅後だった。最初に訪ねるべきだったと悔やんだが、後の祭りだった。やはり、ずっと昔の話さ。

 一昨日、松本清張原作のTVドラマを見ていたら、突然、懐かしの信夫山が出てきた。きれいに整備されている。みのる君が訪ねた頃の印象とはまるで違っていた。まさに隔世の感だった。

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2007年12月 8日 (土)

指宿の砂風呂

 九州宮崎の飛行場に降り立ってから、日南海岸経由で桜島を見て、鹿児島で一泊。天文館で景気付けした翌日は知覧の武家屋敷を見物し、かつ太平洋戦争時代の展示品を厳かに拝見し、かつ開聞岳のすっきりした姿に感激し、ついに長崎鼻まで行ってから、指宿温泉に一泊したことがある。勿論砂風呂が目的。温泉には大した興味はないけれど、後学の為に砂風呂の経験も良し。せっかく九州最南端まで来たからには、当然砂風呂よ、なんて気負って挑戦。確かに温かくて気持ち良かったけれど、汗だくに砂がへばり付くから何となく落ち着かなかった。温泉宿で散々呑めたから、疲れは取れたみたい。

 高千穂近くまで行っていながら、その時分は古代史に関心がなかった為、素通りだった。今にして思えば悔しい。その時買った薩摩焼の茶碗は、今でもカミサンの茶事で活躍している。

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2007年12月 7日 (金)

恐山と大間崎

 夜行列車に揺られて青森の友人を訪ねたことがある。青森駅前からバスでむつ市まで行ったが、途中、ほと んど信号がなくてノンストップと変わらない快適なバスの旅を味わい、さすが最北だなと感心したものだ。

 むつ市に住む友人の家に泊めて貰って、久し振りの再会を祝して乾杯。翌日、彼の車で恐山を案内して貰った。恐山は全山硫黄の臭いが充満しており、独特の雰囲気が漂っていた。成程、恐山信仰は話に聞いていたけれど、こいつは強烈だね、初めての観光客には岩だらけの荒涼とした景色と硫黄で圧倒されてしまう。賽の河原や三途の川があって、霊界の入口と云った風情(霊界ってどんな所か知らないけれど)。しばらく、霊場の空気を味わってから(むしろ早々に退去かな)、本州最北端の岬、大間崎へ向かった。

 狭い海岸線の道をくねくねと走って大間崎に到着。本州最北端に立ったぞ。北海道がよく見えるぞ。感想はそんな所だったな。何もない。鄙びた景色だった。前夜の呑み過ぎがたたって調子が出なかったし…。

 はるか昔の思い出。今はすっかり様子が変わっているだろうね。あれ以来下北には足を運んでいない。友人ともご無沙汰の極。無事息災だろうな。いつだったか、電話で話す機会があったけれど、東京時代の標準語が消えて、すっかり地元弁となっていたね。

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2007年12月 6日 (木)

バラの実

 我が家には落葉樹が多い。おかげで、毎年この季節は庭中落ち葉だらけとなって、枯葉を避けて歩くのも容易ではない。掃除も大変だが、カミサンが懸命に頑張っている。カミサン自ら蒔いた種だから、みのる君は知らんぷりさ。

 休日、庭に出て紅葉を楽しんだが、片隅に小さなバラの実があった。バラの種類をカミサンに問うと、多分ナニワイバラ(ナニワノイバラ)だと思うけれど、とあいまいな返事。バラの種類は多すぎるから分からない由。本人はナニワイバラと思っている。きっと間違いないだろう。鉢に植えて育てている。

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2007年12月 5日 (水)

ハウチワカエデ

 庭先のハウチワカエデの紅葉。隣家の緑と良い対照。葉っぱの掃除が大変さ。

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2007年12月 4日 (火)

メグスリノキ紅葉

 昨秋、玄関先に植えたメグスリノキが一年経って、きれいに色付いた。なかなか赤くならず、少々心配していたけれど、案ずることはない。時期が来れば、ちゃんと色付くようになっているみたい。機能は正常。しっかり根を張ったようだ。

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2007年12月 3日 (月)

ドウダンツツジ

 我が家のドウダンツツジ。すっかり赤くなった。

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2007年12月 2日 (日)

冬用タイヤ交換

 ようやくみのる君の愛車も冬用タイヤに替えた。これで、いつでも雪よ来い、だ。今度こそ活用の機会を持ちたいものさ。4年前に初めて冬用のタイヤにしたけれど、結局、一度もその効能を味わうチャンスもなく、タイヤは無念にもすり減ってしまって、役にも立たなくなってしまった。仕方なく、昨日大枚をはたいて新品を購入した次第。倅が雪国へ遊学したものだから、緊急事態に備えての準備だったけれど、倅から一度もSOSはなし。出番なしのままタイヤを無駄にしてしまったけれど、これも親の務めか。平野部に雪でも降れば、少しは投資効果があるってものだ。

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2007年12月 1日 (土)

なりにけりなりにけり

 延宝四年、芭蕉33歳の時の作、

 なりにけりなりにけりまで年の暮

 山口素堂と「江戸両吟集」を湯島天神に奉納した年の作。人気も実力も付いて来て少々驕りも垣間見える。言葉遊びみたいな句。年の瀬も近い。それを奇抜な言い回しで吟じただけ。まさか、西行の「おしなべて花の盛りになりにけり山の端ごとにかかる白雲」なんかを意識していた訳じゃないだろうな。季節は違うし、「なりにけり」なんて常套句はいくらでもあるから、きっと意識外だろうけれど…。

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