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2007年11月 2日 (金)

丸の内勤務時代

 東京丸の内のオフィス街に勤務していた頃、住まいは環七と早稲田通りが交差する大和陸橋のすぐ脇にあった。金がないから安アパートで我慢の日々を送っていた。天下の環七の横だから、車の騒音やら排気ガスがひどいだろうなと思っていたけれど、案外、気にもならず、呑気に生活していた。もっとも、ほとんどアパートには寝に帰るだけだったから、意に介さなかったのかも知れない。西日の当たる部屋で、夏場は窓を開け放して寝ていたけれど、網戸がなくても、虫の闖入はなかった。虫も住めない排気ガス充満の地だったのだろう。早稲田通りから車一台も通れない狭い路地を入った奥にアパートがあって、引越し荷物を運び込むのに往生したものだ。ここから丸の内まで毎朝通っていたけれど、丸の内で不便なことと云えば、人口の割りに食堂が少ないことだった。勿論、大抵のビルの中にはいくつも食堂があったけれど、昼時はいつも超満員。何が嫌いだと云って、食堂の順番待ち程嫌いなものはない。順番を待つ列が出来る程の人気の店なんて、行きたいとは思わない。まるでお預けを喰らっているようなものだから、つい、やせ我慢をしてしまう。しかし、丸の内では他の店も同様に混雑しているから、諦めざるを得ない。毎回、しぶしぶ列に並んだものだった。あれから大分経つ。東京駅に「駅ナカ」が誕生した由。食堂事情は改善されたのだろうか。相変わらず、長蛇の列を競っているのかね。都会人は逞しいなと思う。

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コメント

食堂に限らず、行列は私もきらいです。
今は人なつこい?蝿によく悩まされますが、そういえば東京ではいなかったなあ。環七といえば、東武東上線と交わるあたりに(足立区です)職場がありました。目黒からそこに通っていたのですよ。

松江の明々庵を訪ねた折、大きな蜂に悩まされた思い出があります。数匹に囲まれ、少々攻撃的な感じでしたが、遠方からの客が物珍しかったのでしょうかね、人の顔を覗き込んでからプイとそっぽを向いて、何処かへ飛んでいきました。人なつこいハエも迷惑千万ですが、蜂には好かれたくないものです。 (稲)

投稿 Bianca | 2007年11月 3日 (土) 15時04分

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