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2007年9月の30件の記事

2007年9月30日 (日)

スカイライン

 カミサンが子育てに忙しい頃、みのる君は知人が乗り回していた日産のスカイラインを安く譲って貰って、走りを楽しんでいた。七代目のスカイラインGTパサージュ辺りだったかと思う。4WSで、実に快適だった。高速道路では、向かう所敵なしと云った走りを味わっていた。子供等を乗せると、加速の際に体に重力感をたっぷりと味わえるものだから、キャッキャッと喜んでいたもんだ。急峻な山道でも、けたたましい爆音を上げながら、スピードは衰えることはなく、安心して追い越しも出来たもんさ。勿論、運転技術は確かなものだから、無事故無違反だよ。

 7、8年位最高速度を堪能してきたけれど、ある日突然、ブレーキが故障。田舎道の交差点で一時停止しようとブレーキを踏んだ所、まるで効かない。一瞬蒼くなったね。幸い、他に車がなかったので事なきを得たけれど、前兆もなく唐突のブレーキ故障には参ったね。肝心のブレーキが役立たずでは信頼性ゼロだぜ。普段の燃費が悪い(せいぜい3㎞/ℓ程度だったかな)所為もあって家計に響くし、とうとう、みのる君はワンボックスカーに乗り換えてしまった。

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2007年9月29日 (土)

ムーンチャイルド

 アイルランドの名ギタリスト、夭逝したロリー・ギャラガーの作品に「ムーンチャイルド」と云うのがある。みのる君は、どう云う訳かこの曲だけが気に入っていて、よく聴いていた。ロリー・ギャラガーはエリック・クラプトンと肩を並べる程の技術だとか。

 この時代はギター音楽ばかり聴いていた時期。特にサンタナに熱中していて、サンタナの曲を一生懸命コピーして楽しんでいた(例えば「哀愁のヨーロッパ」なんか結構サマになっていたと思う。時にはエレキギターで音量一杯にして。時にはガットギターで。興が乗ればドラムを持ち出して。思えば近所迷惑も甚だしかったな)けれど、「ムーンチャイルド」を聴く頃には、その熱も冷めてしまっていた。何だかんだ忙しくなってしまい、音楽を楽しむ環境でなくなっていった時期。でも、暇があれば「ムーンチャイルド」に耳を傾けていた。

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2007年9月28日 (金)

スペース・カウボーイ

 2000年のアメリカ映画。クリント・イーストウッド監督・主演。トミー・リー・ジョーンズやドナルド・サザーランド、ジェームズ・ガーナー等が共演。宇宙飛行士を目指した男たちの老いてからの奮戦記。アメリカ映画らしいご都合主義だけれど、いかにもイーストウッド映画と云った所だけれど、十分に楽しめる。CG多用はいかがなものかなと思うけれど…。

 最後の月面風景とバックに流れる「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」が鮮やか。やっぱり「月」からの連想で思い出した映画。

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2007年9月27日 (木)

満月 MR.MOONLIGHT

 1991年の日本映画。大森一樹監督。時任三郎、原田知世等出演。武士が現代にタイムスリップすると云う荒唐無稽な映画。タイトルバックでビートルズがカバーした「ミスター・ムーンライト」が流れ、ちょっと期待出来そう、と云う気持ちになるし、いきなり男女の喧嘩シーンも意表を突いていたけれど、まぁまぁ楽しめると云った程度だったかな。ありふれているけれど、時代のギャップが面白い。

 本日は満月。ふとこの映画を思い出した。単純な連想の次第。

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2007年9月26日 (水)

エアコン騒動

 今年の暑さは尋常ではなかった。年々これが酷くなるかと思うとうんざりだが、さすがのカミサンも、とうとうエアコンを入れようと云い出した。夏の終わりにエアコンもないが、来年に備えよう。まず、茶室にエアコンを設置したい、ついては書院の上の壁を壊して天袋に作り直してそこへエアコンを収めよう等々建具屋に寸法を取って貰って、いざ工事の日、あいにく雨にたたられ、工事は中止となってしまった。中止の日に、なじみの電気業者に来て貰ってエアコンの置き場所を相談した所、構造上、希望した場所にエアコン設置は無理みたい。ハウジングエアコンは工事と同時進行でないと付けられないし、柱が邪魔してパイプの穴が開きそうにない。せっかく意匠を凝らした天袋の完成を期待していたカミサンは、思い通りにならずガッカリしていた。雨で工事が中止になって幸いさ。仕切り直し。もう一度検討しよう。茶の間にもエアコンを予定していたが、ここも希望の場所には設置出来ないと云う。出窓の上を考えていたが、やはり構造上難しい。失敗する可能性が高いから穴が開けたくないと云う。茶室も茶の間の設置も当初計画は駄目と云う結論。さて、どうしよう。カミサンは頭を抱えてしまった。新築当初からエアコン設置を視野に入れていたはずだったけれど、すでに時代遅れの建物になってしまったみたい。打開策を考えねば…。

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2007年9月25日 (火)

中秋の名月

 今年は、満月の2日前だけれど、本日が「中秋の名月」。毎年、カミサンはススキと団子を飾っている。こう云う行事には結構熱心でね、子供等が育ってしまった今日でも、きちんと飾り付ける。茶室を「望月亭」と命名して、しかるべき人に揮毫してもらった額を飾っている程だから、月には殊更思い入れがある。今年も台所でバタバタと準備で忙しそうだ。

 仕事を終えて帰宅すると、カミサンが慌てていた。芋名月と栗名月を勘違いしてしまったみたい。栗を用意してしまったわ。芋がないの。どうしようかしら。広縁に明かりを点けて、たっぷりのススキと団子を飾って表から丸見え状態。雰囲気は出ているから十分だろうと思うよ。月だって出ているし。

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2007年9月24日 (月)

カミサンの貫禄

 この所、みのる君の係累をご紹介してきたが、肝心なカミサンが残っていた。実は写真が少ない。あってもひねくれた写真ばかり。幼い頃から整理は苦手だったとみえて保存状態が悪い。細かい事には無関心な性格が保管にも出ている。一昨日、NHKで叙情歌大全集を放映していた。カミサンはこの分野に滅法強い。TVにあわせて自慢の喉を披露してくれた。昔合唱団に所属していた由。オンチのみのる君とは大違いだ。子供等が幼い頃はよく大きな声で唱歌などを歌って聞かせていたが、案外、情操教育の一翼を担っていたのだろうね。この辺は脱帽さ。 H4

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2007年9月23日 (日)

 父の写真を公開したからには、母も紹介しなければならない。と云う理屈で、念の為に母にもご登場願った。ちょっと古い写真で保存状態も良好とは云えないが、あの時代の写真が残っていたのは奇跡かも知れない。新聞社の電話交換手として活躍していた時代。世相は太平とは云えない時代。良妻賢母が律儀な性格はみのる君に引き継がれた。と云っても義理堅い訳ではない。義理人情には比較的冷淡なのは、誰に似たのだろうか。

H2

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2007年9月22日 (土)

そもそもの出発点

 みのる君やその家族が今日生あるそもそもの出発点の一つは、みのる君の父である。まもなく誕生日を迎えるみのる君の父は知的生活を愛して生涯を閉じた。その父が母に求婚した際に使った粋な写真が残っている。この写真一枚で母の心を射止めたかは知らんが、母の了解が得られていなければ、みのる君は存在しなかっただろうし、その子供等も生を享受出来なかったはずだ。

T1  時代の空気に溢れた一枚の写真。父は生後間もなく貿易商を営む父(みのる君から見れば祖父)に連れられて海外へ雄飛したそうだ。帰国後、成人して母と結婚、みのる君と云う逸材を儲けた次第。この写真にも感謝しなければなるまい。

 父の代以前の先祖に言及すれば大袈裟過ぎるし、ややこしくなる。やはり写真の残る父がみのる君の出発点で良かろうかと思う。ちなみに、母の先祖は相場で破綻して田舎に引っ込んだ経緯があったそうな。みのる君の直情径行にはこの血も流れているのだろう。

 更に、ちなみにカミサンのルーツは稲みのる君と同姓だったようだ。これは妙な縁。以前、カミサン方の遠い親戚を名乗る人が突然やって来て、ルーツを調査していると云う。それで知った次第だが、世の中には変わった調査に熱心な方もいるもんだね。

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2007年9月21日 (金)

娘の貫禄

 娘が世間にデビューした頃。しっかりと世間を直視している。やがて、きちんと髪を整えて意欲十分に歩き始めた。Y4

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2007年9月20日 (木)

息子の貫禄

 みのる君の息子が世間にデビューした頃。ポリバケツに入っての水遊び。カミサンの大胆な発想に息子は迷惑そうだが、冷徹に世間を窺っている。M2

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2007年9月19日 (水)

みのる君の貫禄

M1  みのる君が世の中にデビューした頃。世間に愛想を振りまいている所なんぞ、なかなかの貫禄ぶりさ。

 芭蕉の時代は自らの出生時期の記録として「へその緒」に頼っていた面もあったのだろうけれど、近代以降は写真と云う媒体によって自らの出発点を確認出来る場合が多い(今じゃビデオで記録される時代。記録された本人にしてみれば余計なお節介と云う声も聞こえるが)。

 みのる君も自らのデビュー写真に感慨ひとしお。まだまだ可能性をたっぷり持っていた時期。人間、変われば変わるもんだねと云う感想もある。でも、人畜無害で無邪気な笑顔は今も同じ。根は変わらんもんさ。

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2007年9月18日 (火)

旧里や臍の緒に泣く年の暮

 芭蕉が44歳の折、故郷の伊賀へ戻った際の句。「笈の小文」にあるが、「歳暮」と云う俳文に経緯が詳しい。

 代々(よよ)の賢き人々も、古郷はわすれがたきものにおもほへ侍るよし。我今ははじめの老も四とせ過て(44歳と云う意味)、何事につけても昔のなつかしきままに、はらから(兄弟)のあまたよはいかたぶきて侍るも見捨てがたくて、初冬の空のうちしぐるる比より、雪を重ね霜を経て、師走の末伊陽の山中(伊賀上野)に至る。猶父母のいまそかりせば(生きていらっしゃれば)と、慈愛のむかしも悲しく、おもふ事のみあまたありて、
 古郷は臍の緒に泣くとしのくれ

 初老を過ぎると故郷が懐かしくなる。古里の老いた兄弟も気掛かりだし、一度里帰りしよう。「雪を重ね霜を経て」(移動中の苦労をきれいに表現している)、やっとの思いで伊賀に着いた。自分のへその緒(残っているのが凄い)を見て、昔日の父母の面影や自らの人生に思いを馳せ涙すると云う内容。若い頃の気負いが抜け、素直に心情を吐露している。「臍(へそ)の緒」は人生の出発点。自らの出発点を見て、どんな感慨を持ったのだろう。

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2007年9月17日 (月)

セント・セバンスチャン

 カミサンがとっておきのビールにベルギー産の「セント・セバンスチャン」と云うのがある。「ダーク」と「グランクリュ」と云う2種類を酒屋から取り寄せ大事に保管している。アルコール度数7.6%(グランクリュ)。500ml。陶器に入っており、なかなか乙なものだ。時には盆暮れの挨拶なんかに利用させて貰って評判のビールながら、滅多な事では食卓に出てこない。特別な日にしか呑めないビールなんて不要だぜ。みのる君はいつも不満を漏らしている。

 ヒデさんの告別式の晩、珍しくカミサンがこの「グランクリュ」を出してきた。今日はヒデさんの供養よ。親友を失ったみのる君を気遣ってのご配慮か。文句を云う筋合ではない。二人でじっくりと味わった。

 みのる君の結婚式ではトップバッターで歌を披露してくれたヒデさんよ、お前のお陰でセバスチャンを呑めるぜ。ブログにお前の事を書いていた頃息を引き取ったそうだけれど、しばらくブログ更新も遠慮しようかなどと思っていたけれど、それでは供養にならんし、元来みのる君は能天気だし、カミサンの気遣いもあるし、酔った勢いを当分間続けようかと思う。みのる君は律儀だしね。

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2007年9月16日 (日)

ヒデさんのこと

 一昨日、友人のヒデさんのことを書いた。久しくご無沙汰しており、元気でご活躍のことだろうと思っていたが、思いもかけず、昨日、彼の告別式に参列し、見送ってきた。まさに驚天動地。

 ヒデさんとは小学校に行く前からのお付き合いで一番古い友人だった。東京時代は永福町に住んでいた彼のアパートでよく呑み、語り、時には郊外へのドライブを楽しんだり、にぎやかな時期を共有してきた。

 みのる君のブログへ時々訪れてくれていたので、一昨日の記事の反応を楽しみにしていたけれど、まさか書いた翌日、彼の訃報に触れ、告別式に参列するなんて思ってもみなかった。こんなこともあるものだね。複雑な心境だ。病で逝ったヒデさんのご冥福を祈るばかり。

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2007年9月15日 (土)

赤とんぼ

 ご存知、三木露風の「赤とんぼ」。3番の歌詞は、

 十五で姐やは嫁に行き/お里のたよりも/絶えはてた

 15歳(数え歳。満年齢なら13,14歳か)で嫁に行くような時代だったのかい。みのる君はしばらく大きな勘違いしていた。作者が15歳の時に姉が嫁に行ったと云うのが正しい。だから、幼い頃姉に負われて赤とんぼを見たと云う感傷につながる。紛らわしいね。子供等も労働力と云う時代だったから、15歳で嫁に行ってもおかしくないと思い込んでいたみたい。理解するって難しいね。

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2007年9月14日 (金)

高所恐怖症

 みのる君が学生時代、東京茅場町のビル建設工事現場でアルバイトを経験した。早朝から現場に出掛けたが、ヘルメットに命綱と云ういでたちになって不安がよぎった。案の定、ビルの7、8階辺りまで足場伝いに登って行って、外壁の仕上げ作業に従事することになった。実は、みのる君は高い所が苦手でね。地面でネコ(一輪車)を転がしていれば済むような仕事だろうと高を括っていたから、少々慌ててしまった。でも、一応責任感は持っているから、何とか頑張った。出来るだけ下を見ないよう、ひたすら仕上げ作業に集中して、無事、一日を乗り切った。友人のヒデさんの口利きだったけれど、一日で懲りてしまった。何か仕事を紹介してよ、とヒデさんに頼んでいたけれど、軽度の高所恐怖症であることを話しておけば良かったと後悔したもんさ。そう云えば、ヒデさんは大学を卒業後、中東イラクへ出稼ぎ、凱旋帰国したけれど、最近、すっかりご無沙汰している。元気かな。

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2007年9月13日 (木)

憂き我をさびしがらせよ

 芭蕉が48歳の時の作、

 憂き我をさびしがらせよ閑古鳥

 みのる君の好きな一句。閑古鳥(カッコウ)が鳴くような店の意味ではない。しんみりと句を味わえば良い。「嵯峨日記」の一節だが、この句の前段に、「客は半日の閑を得れば、あるじは半日の閑を失う」と云う文章がある。至極ご尤も。お客は気楽で良いが、亭主はエライ目に遭う。いつの時代も同じ、世の常だね。

 京都金福寺に句碑がある。昔、友人の東海ニ君とこの寺を訪ねたことがある。今年、久し振りに京都を訪問したが、この寺も寄ってみたいと思いつつ、カミサンの茶道精神に圧倒されて機会を失ってしまった。次回は是非巡ってみたい寺の一つ。

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2007年9月12日 (水)

長髪時代

 釘打ちのアルバイトに精を出していた頃、みのる君は一年間も伸ばし放題の長い髪を後ろで束ねていた。今では煩わしくていかんけれど、当時は気にならなかった。社会も容認していたし…。いや、きっとヒンシュクを買っていたのだろうと思うけれど、そんなモンは無視していた。無視出来る根性もあったのだろうな。それが、いつの間にか「今時の若いモンは…」と云う台詞が身に付いてしまった。世間体を無視出来なくなった年頃かも知れない。鼻の下に髭を生やしていた時期もあった。まだまだ社会の目が厳しかった頃で、取引先に嫌な顔をされたこともあったが、しばらくは平然としていた。

 80年代初頭の竹の子族の出現辺りから世間体と云う「良識」が崩れ出したのかも知れない。以後、奇を衒う身なりが世間を闊歩し、良識も規範も教養も影を潜めていってしまった。きっと、連中に範を示した長髪組にも責任の一端はあるのだろうな(責任を押し付けられても困るけれど。若気のいたちごっこさ)。その頃、借金返済で首の回らなかったみのる君には無縁の世界に見えた。何だありゃと眉をひそめていたっけ。しかし、そう云いつつも週末は飲み屋でおだをあげていた時期でもある。

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2007年9月11日 (火)

ここもまた都のたつみ

 醒睡笑からパロディを一つ。

 西行法師、伊勢の宇治に住みける時の歌、

 ここもまた都のたつみしかぞすむ山こそかはれ名はうぢの里

 ご存知、百人一首にも出てくる歌、「わが庵は都のたつみしかぞすむ世を宇治山と人はいふなり」を踏まえた歌。今も昔も人間は諧謔精神に富んでいるものだね。

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2007年9月10日 (月)

釘打ちのアルバイト

 みのる君が学生時代、毎年のように京都へ遊びに行っていたが、その資金を調達する為、夏休みの前半はアルバイトに明け暮れていた。専ら肉体労働で、工事現場等で見かけるプレハブ小屋の外壁作りに励んでいた。木製の外枠にベニヤ板を釘で張り付ける仕事が多かったが、お陰で釘打ちは上手になった。最初の内は釘が曲がらないよう慎重に、かつ恐る恐る何度も叩いていたが、コツを覚えると簡単でね、トン、トン、トンと三回叩けば終わり、しっかりとベニヤが枠に固定される。これを毎日繰り返していた。大体、一日に数千本の釘を打っていたと思う。今みたいにエアコンなんかない風通しの悪い建物の中で、汗びっしょりになりながら、ベニヤの壁を作っていたけれど、こんなモノでも売れるのかなと訝ったこともある。学生がアルバイトで作ったような代物が商品になるのだろうか。堆く積み上げられたベニヤ壁は、やがてそっくりトラックに積み込まれ、いずこかへ運ばれていく。作れば売れた時代だったのだろうな。それはともかく、みのる君はすっかり釘打ちの名人になった。一寸釘程度は2回も叩けば十分の腕前になって、親に重宝がられたものさ。今は昔の話で、最近はこの腕前もすっかり錆びてしまった。

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2007年9月 9日 (日)

急くが癖

 下から読んでも同じ言葉になる文を回文と云う。「急く(せく)が癖」みたいな文。「食いに行く」とか「草花は咲く」(清濁は可)、「足しました」、「常の熱」、「田舎の家内」、「今朝の酒」、「私負けましたわ」等々。日本語の面白さだね。幾つか愉快な作品をご紹介しよう。

 遠くただ軒端を萩のたたく音(入舩狂句合)

 月を見き喜ぶころよ君も来つ(夢見草)

 消ゆる雪しばしやしばし消ゆる雪(新編柳多留)

 いい事を女に難を男いい(種ふくべ)

 ながき日に小猫と小ねこ二疋哉(崑山集)

 字に暗き田舎は家内気楽にし(入舩狂句合)

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2007年9月 8日 (土)

脳の中身

 台風が接近中の一昨日、いつもより早く帰って来た娘から面白いサイトを教わった。姓名を入力すると脳の中身を漢字で表現してくれると云う。娘が自分の名前を入力すると、「愛」と云う文字が脳全体を包み込んで、「金」とか「欲」とかがその中に散りばめられている脳の図が出て来た。これが私の脳の中身よ。愛で満ちているの。試しにカミサンの名前を入力すると、今度は全体が「欲」と云う文字に包まれ、中に「金」とか「秘」とかの漢字。母さんは欲が突っ張っているし、秘密も持っていると大笑い。で、みのる君はどうだったと云うと、たった一文字が脳全体に詰め込まれていた。全て「金」だよ。よっぽどお金に執着しているのね。カミサンが呆れる始末。ついでにみのる君の前世をみると全て「遊」だった。家族揃って爆笑の一幕。

 面白いサイトがあるものだね。アクセス数が億の単位の由。TVでも紹介しているようだ。知らなかった。参考までに、それは「脳内メーカー」と云うサイト。キーワード検索ですぐに見付かる。

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2007年9月 7日 (金)

多忙の要因

 昨日は一日会議室に缶詰になっての打合せだった。みのる君の提示した資料のチェックと今後の方向性について、関係各位が集まってワイワイガヤガヤさ。台風が接近中にもかかわらず議論が百出して、台風を気にする間がなかった。とにかく、何とか目途がついてホッとした所。多忙の大きな要因が取れて一安心、懸案事項が一つ減って一段落。今夜は職場の送別会があって、送る側の幹事役だけれど、心置きなく呑まねば。来週からワイワイガヤガヤの結論をまとめなければならないから、少々気が重いけれど、これも仕事の内だね。

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2007年9月 6日 (木)

多忙の一因

 毎日多忙の一因はある面倒くさい調査。先週、みのる君の職場に久し振りの面倒な調査があって、痛くもないない腹を探られるような感触を味わいつつ、2日間も指導を受けたり、資料提出を求められたり。国会答弁みたいな「記憶にございません」では通用せず、仕方なく古い書類をひっくり返しながらの悪戦苦闘さ。門外漢の分野なので要領を得ない面もあるけれど、人手不足だから受けざるを得ない。別段うろたえる事もないが、見解の相違はあるもので、指摘やら指導には素直に相槌を打つしかない。とんだ役回りさ。おかげで、他の仕事が停滞中。

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2007年9月 5日 (水)

業務多忙中

 この頃、仕事に追われっ放し。いくつもの懸案事項がみのる君に押し寄せている。簡単に処理出来るような代物でないから往生している。せめて不断の記録更新だけは続行させたいので、毎日一生懸命何かしらの駄文をしたためているけれど、記事が一層手抜きになっていくみたい…。忙しすぎるのも考えものだね。

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2007年9月 4日 (火)

梢よりあだに落ちけり

 延宝5年、芭蕉35歳の作。

 梢よりあだに落ちけり蝉のから

 謡曲の「桜川」に「梢よりあだに散りぬる花なれあば」と「杜若」の「梢に鳴くは蝉の唐衣」を踏まえた句。梢に止まっている蝉が、飛び立つかと思えば、何だぁ(「あだに」は、「いたずらに」とか「空しく」とか「つまらない」と云った意味。言い換えれば「何だぁ」)、落っこちやがった。見れば蝉の抜け殻じゃん。

 「桜川」の「はらはら散る桜の花」、「杜若」の「梢で鳴く蝉」、これを合体させて、梢で鳴く蝉が桜の花のように落ちてしまった、と手品の種明かしみたいなどんでん返しを狙った句。談林俳諧時代の凡作ながら、芭蕉の真面目な句作りが窺えるね。一生懸命工夫している。

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2007年9月 3日 (月)

漢字のしり取り

 みのる君の子供等が学校で一生懸命漢字を勉強していた頃。子供等と、漢字教育を兼ねて漢字のしり取りゲームに興じた時期があった。夕食後の家族団らんの時などにみのる君の提案で始めたものだが、他愛ないお遊びながら、意外に頭を使う。例えば、「漢字」と云う熟語から始めると、次の番は「字」で始まる2文字の漢字を考える。例えば、「字引」。次は「引用」、「用事」、「事実」、「実物」…、と云った具合に、次々と熟語をならべていくゲーム。使ってはいけない言葉は名前や地名などの固有名詞と接尾語の「然」。このゲームは、暫くの間、家族で結構楽しめた。カミサンが難渋していると、子供等はおおはしゃぎだった。

 さて、教育効果があったかと云うと、甚だ怪しい。すっかり成長した子供等は国語はからきし駄目だ。字も知らない。すっかりケータイに毒されている。

 息子が幼い頃、夏目漱石の「坊っちゃん」の冒頭部分を毎日朗読させたことがあるが、この繰り返し教育の実践もあまり成果はなかった。ただ、小学校高学年になって書いた息子の作文を読むと、なかなか味のある文章が綴られていて、これは、もしかしたら音読の成果だったのかな、などと思ったものだ。

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2007年9月 2日 (日)

カミサンが京都で稽古

 好きな事となると、夢中になって疲れも年齢も忘れてしまうものかな。同好の士に誘われて家元の一日稽古に参加すべく、金曜日の晩の夜行バスに乗って、カミサンは京都に出掛けた。向こうで着替える時間がないからと、着物姿のまま夜行バスだぜ。ご苦労な事だ。無事に着いたのやら、みのる君は仕事中も気になっていたけれど、一向に連絡もなし。きっと慌しく飛び回っているのだろうな。メールを送っても返事もない。夜になって、これからバスに乗って帰ると云うメール。そして、先程帰宅。精進も大変だね。

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2007年9月 1日 (土)

又、アリの大群

 参ったね、又、アリが大挙して台所に闖入して、好き勝手にそこいらじゅうを徘徊していた。その数100匹以上か。仕事を終えて帰宅してビックリさ。早速応戦に出る。買っておいたアリ退治用の強力スプレーを使って徹底抗戦に及び、半時で勝利宣言となった。食器の陰に逃げ込んだり、レンジの下にもぐりこんだり、連中も必死に抵抗していたけれど、容赦せず。勢い余って食器類にもスプレー液が飛散してしまい、後始末を任されたカミサンがブツブツ文句を並べていたけれど、アリを野放しにする訳にはいかない。

 家が古くなってくると、虫共になめられてしまうのかな。

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