愚見數則
夏目漱石の「愚見數則」(明治28年、愛媛県尋常中学校~松山中学校~「保惠会雑誌」に発表。当時28歳)が面白い。以下に、冒頭部分を抜粋。岩波版「漱石全集」第12巻より。
昔の書生は、笈を負いて四方に遊歴し、此人ならばと思う先生の許に落付く、故に先生を敬う事、父兄に過ぎたり、先生も亦弟子に対する事、真の子の如し、是でなくては真の教育という事は出来ぬなり、今の書生は学校を旅屋の如く思う、金を出して暫く逗留するに過ぎず、厭になればすぐに宿を移す、かかる生徒に対する校長は、宿屋の主人の如く、教師は番頭丁稚なり、主人たる校長すら、時には御客の機嫌を取らねばならず、況や番頭丁稚をや、薫陶どころか解雇されざるを以て幸福と思う位なり、生徒の増長し教員の下落するは当然の事なり。(一部新字体表記に変更)
意訳すると、昔の学生は自ら歩き回って師と仰ぐ先生を探し求めた。だから先生を親兄弟以上に敬うし、慕われた先生も学生を我が子のように扱う。こうした師弟関係でなければ真の教育は出来ない。ところが、今時の学生は学校を旅館かホテルのように考えている。金を出して泊っているようなもので、厭になれば旅館を引き払ってしまう。それでは旅館の経営が成り立たない。校長は経営者みたいなもので、お客のご機嫌取りもしなければならない。ましてや先生は旅館の従業員同然で、学生を薫陶(よい方向に導くこと。つまり教育)するどころではない。クビにならないよう無難に振舞ってしまう。これでは、学生が付け上がるのも先生が堕落するのは当然だ、と云った内容。
「愚見」を文字通り「愚かな考え」と思ってはいけない。謙遜だよ。「数則」はいくつかの決まりや規則になるだろうが、この場合、「自分の考え」と云った意味。要は私見。「坊っちゃん」に出てくる騒々しい生徒を連想し、漱石先生の苦虫を噛み潰したような顔を思い浮かべれば、大方の察しが付くだろう。
28歳の漱石の憤慨は今日に通じる。生徒の性質も先生の事なかれ主義(一部だと思うけれど)も、今も昔も大して変わっていないみたい。昨今は難くせつけて給食費を払わない父兄もいて、いよいよ教育現場が混迷模様を呈している。明治の気骨が現状を見れば、どんな感想を述べるだろう…。
| 固定リンク
コメント
稲みのる様、こんにちわ。
28歳にしてこの識見とユーモア、素晴しいものですね。漱石居士。こうは言っても、やはり当時の師弟間にはおのずからなる礼儀があったのではないでしょうか。今とは比較になりませんよ、きっと。
権威を茶化す、年上をからかう、保身第一と言った世の慣わしは昔も今も同じなのでしょう。ただ、現代は権利を主張するばかりで、義務にはそっぽを向く輩が多すぎるような気がします。
Biancaさんがブログで女子高生の服装に言及された記事を拝見しましたが(映画を見ていないで「ああいう想像」が分かりませんが、大方察しの付く想像ですよね)、ご指摘の通り娼婦然が氾濫する現代、漱石居士ならずとも顔をしかめるというものです。 (稲)
投稿 Bianca | 2007年6月23日 (土) 18時45分