12周年

 ブログ始めて12周年を迎えた。よく続くものだと呆れる。友人等は早々に呆れて一切無関心を決め込んでいる。確かに、そろそろ潮時かも知れない。この12年間で世の中はすっかり物騒になった。世知辛くなった。息子や娘は独立し、孫も誕生した。みのる君自身と云えば、リタイア後は日本中を走り回ってばかり。相変わらず唯我独尊。みのる君の思考回路にお付き合い下さっている方々には深く感謝申し上げる。確かに、そろそろ潮時かも知れない。カミサンも唯我独尊。夫婦して同じ思考回路だから呑気に生活できているのだろう。もう暫くは気ままに続けていく所存です。温かく見守って頂ければ幸甚。宜しくお付き合いの程を。

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月見草がよく似合う富士山

 先月末、久し振りに山梨を訪ねた。カミサンと義母を車に乗せて、御坂峠にある天下茶屋を目指した。何度も山梨を訪ねているのに、これまで一度も太宰治ゆかりの御坂峠を走った事が無かった。たまには天下茶屋で食事も良かろう。みのる君の思い付きはすぐに実現する。太宰治が井伏鱒二と歩いた三ツ峠にも行きたい。相変わらず、カミサンは無茶な注文を付け加えたが、車じゃ無理。みのる君は運動嫌いだから、カミサンの提案は無視、老母もご一緒だから御坂峠で十分。しぶしぶ納得したが、念の為に天下茶屋では三ツ峠への行き方を聞き出していた。登山になります。お店の人のつれない回答を聴いて、さすがに諦めていた。

 その日は快晴では無かったが、峠からは富士山の雄姿と河口湖がよく望めた。義母も喜んでいた。太宰が「富嶽百景」で「風呂屋のペンキ画」と称し、「どうにも註文どおりの景色で、私は恥ずかしくてならなかった」(昭和文学全集:小学館刊より)景色が目の前にあった。「富士には月見草がよく似合う」と富士山と対峙させるように月見草へ視点を移した辺りに太宰の思い入れがあったか。

Fujisan

 太宰が照れるのも分かるよう気がする。確かに風呂屋の画みたい。天下茶屋には太宰治の記念室もあって、しばしはゆかりの品々なども拝見。のんびりとしたひと時を送った。

 カミサンとは青森の斜陽館にも行っているし、谷川岳の麓の旅館にある太宰治の記念館も拝見している。太宰が通った銭湯のある甲府の湯村温泉付近もしばしば走っている。知らず知らずの内に太宰ゆかりの地を訪ねていた事になる。太宰治には大した関心を持っていなかったので、意外だった。みのる君自身が感心した一日だった。

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スマホデビュー

 10年以上ガラケーに親しんできたが、ついにスマホに乗り換えてしまった。そもそもケータイは電話機能があれば十分、だから、毎月千円ちょっとしかケータイ代は掛かっていなかった。特段不自由は感じてもいなかったが、ほんのモノの弾みで唐突にスマホに換えた。ガラケーも潮時かな。単なる気分転換。カミサンもスマホに換える。使いづらいがカミサンの第一印象。みのる君も同様の感想。毎月のケータイ電話代は二人分を合わせてこれまでの3倍近い負担増となる。ガラケー時代は一週間に1回程度の充電で間に合っていたが、今度は2、3日に一度は充電を要する。費用が嵩む。家族同士のラインに便利。これが気分転換の発端。娘から借りていたタブレットをそろそろ返さなければならない時期がきており、タブレットの操作でラインにも慣れて来たカミサンも、スマホでのラインを承知する。しかし、いざ使ってみると、スマホの小さな画面での文字入力にカミサンは往生、面倒くさいを連発。ブツブツ文句を並べていたが、ラインでのやり取りが気に入ったか、すぐにお仲間に招待されて、お仲間同士のやり取りが始まった。みのる君は、相変わらずガラケー時代と同じ。時々現在地を確認して喜んだり、カメラ機能を楽しむ程度。スマホの画素数がみのる君のコンパクトカメラ以上。驚いてしまった。しばらくは出歩くたびに現在地を確認し、気に入った景色を撮る事に夢中。電話機能はほとんど無用状態。来月以降は支払に往生するのだろう。参った、参った、だ。

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久々の深夜ドライブ

 今年のゴールデンウィークは特に予定も組まず、家でのんびりと過ごしていた。が、退屈したのか、カミサンが夜明けを見たい、ちょっと出掛けましょうよと声を掛けて来た。連休とは無縁となって、年中休みのご身分を満喫しているみのる君は、よりによって一番混雑する時期に出掛けるのは少々無謀じゃないかと思ったが、生来尻の軽いみのる君だから、折角のお誘いを断る訳にはいかない。思い立ったら即実行。前々から栃木県の日光を抜けて会津方面に向かう西会津街道を走ってみたいと思っていたので、会津若松にでも行ってみようか。カミサンは快諾。連休後半の初日の朝、呑気に自宅を出発した。朝飯は何処かのコンビニでパンでも買って済ませよう。

 群馬県の渡良瀬渓谷沿いに北上、日光辺りは宇都宮方面からやって来る車が列をなしていたが、逆方向は空いている。鬼怒川や川治温泉辺りで混雑するかと思ったが、快適に走れた。湯西川を抜け、西会津街道をひたすら北上したが、渋滞とは無縁だった。途中、道の駅で休憩した際、カミサンが「からむし織」の情報を仕入れた。前々からからむし織には興味があったようで、鶴ヶ城は後回しにして、昭和村へと向かった。みのる君は織物に無関心だが、カミサンの願いを聞き入れた次第。道すがら残雪が道端にあって、少々驚く。ついこの前、夏日を味わっていたばかり。さすが、会津は雪深いのか。車を止め、記念に一枚撮った。

Zansetu

 道の駅「からむし織の里しょうわ」には「からむし工芸博物館」があって、カミサンは熱心に見学していた。

Karanusi

 その後、会津高田を抜けて会津若松へ。運よく駐車場も空いていて、鶴ヶ城を見物。久し振りにお城を歩いた。観光客が大勢。前回見損ねていた「麟閣」を拝見出来た。カミサンはすっかり満足していた。

 会津若松市内で軽い夕食を済ませた後は、会津坂下から只見川沿いの沼田街道を進んだ。すでに外は真っ暗。道の両側には残雪がたっぷりだった。田子倉ダムを過ぎ、新潟県は小出から国道を南下、越後湯沢から三国街道に入り、群馬県へと進む。猿ヶ京から道の駅「たくみの里」を通過する頃は深夜0時過ぎ。キツネやタヌキが道を横断する大道峠を越え、中之条からは暮坂峠を越え、長野原から嬬恋、長野県は軽井沢を走り抜け、再び群馬県に入る。夜明けを見たいと希望していたカミサンは助手席で熟睡中。折角の夜明けはみのる君一人が堪能したドライブだった。

 今回は栃木、福島、新潟、長野、群馬と走り回った24時間有余、700㌔を軽く超す大雑把な強攻ドライブだった。幸い、渋滞とは無縁だった。

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行道山浄因寺

 暫く前、久し振りにカミサンと栃木県は足利市周辺をドライブしている時、唐突にカミサンが、確か足利には「浄因寺」と云うお寺があるはずだ、と思い出したように云い出した。お茶席が設けられるそうなの。一度はお茶席を拝見したいと思っていたらしい。何処だか分からないけれど探して頂戴。いきなりの無理難題だったが、その時は他に予定があったので、あえて探そうとはしなかった。後日、カミサンにお使いを頼まれ田沼方面まで買物に出掛けたついでに足利方面まで足を伸ばして、浄因寺を探し当てた。車一台がやっと通れるような隘路の続く山の中にあった。帰宅してカミサンに報告すると、是非案内して頂戴と云う。道が狭いぞ。みのる君は乗り気ではなかったが、後日、改めてカミサンを連れて浄因寺を訪ねた。

 「関東の高野山」と云われる寺の由。正式には行動山(ぎょうどうさん)浄因寺と云うらしい。行基上人開創の由。葛飾北斎が「足利行動山雲のかけ橋」と云う絵でも有名の由。足利学校位しか知らないみのる君も興味を抱くが、関東の高野山と云われる位だから、きっと車でも結構往生するに違いない、隘路の山道を走りたいとは思わない。巨石の上に「清心亭」(下の写真。ケータイで撮影)と云う建物があって、ここで茶会が催されるらしい。カミサンの説得に負けて三月末に二人して足を運んだ。

Jouinji

 隘路の先には寺の駐車場があった。何台もの車が止められる。時期尚早だった所為か途中の山道で車とすれ違う事はなかった。駐車場からは長く続く階段。やっとの思いで寺に辿り着いた。二度と来るものか。運動不足には自信のあるみのる君は、すっかりバテテしまった。カミサンは境内で作業している人から情報を仕入れていた。四月初めの日曜日にお祭りがあるらしい。今はその準備中とのこと。お祭りの時に茶会も開かれる由。この情報を仕入れたカミサンは、翌週の日曜日、着物姿になって浄因寺に出向いた。何百段も続く階段に怖気づいたみのる君は家で留守番。カミサンは自らの運転で出掛けていった。あの階段を着物姿で歩くのは大変だろうと思うが、物好きはへこたれなかったようだ。夕方遅く無事にご帰還。とっても有意義な一日だったわ。狭い山道を走るなんてカミサンには初めての経験だったと思うが、大きな問題も無く、とにかくめでたしめでたしの一日だった。

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